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パチ屋通いの童貞と、ホスト狂いの処女の物語♯3


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 犯罪者のような心持ちでエレベーターに乗り、急いでボタンを押し、エレベーターののろさにイライラしながら心をせかし、九階について部屋に逃げ込み、バタンとドアを閉めた。  

 ああああああああああああああああああああああああああああああああ、おれはいったい、何をしているんだ?

 なぜ、ニーナにからあげ弁当(大盛り)を渡したりしたのだろう?

 何のつもりで?

 つうか腹減った。超腹減った。時計を見る。母ちゃんはまだ帰ってきてない。働き者の母ちゃんは、帰ってくるのが遅いのだ。そして、今日はおれ、図書館で勉強してくるから昼食はいらないよ、などと言ってしまっていたのだった。スロットで出して、悠々と食事休憩を取って、ペッパーランチのステーキを食す予定だった。まさかスロットで大負けして、逃げるように海をめざすなんて、想定していなかったのだ。

 ああ、ああ、ああ、ああ……

 ピンポーンと、チャイムが鳴った。配達物か何かだろうか?

 ドアの小穴から覗いてみる。

 ……そこにいたのはニーナだった。唾を飲み込み、ドアを開ける。

「てめえ、どういうつもりだよ」と、ニーナは言う。

「あの、すいません。どうしておれの部屋、知ってたんですか?」

「あ? エレベーターがこの階指してたから、それで、表札を探したんだよ」

「あの、名前、知っててくれたんですね」

「そういう問題じゃねえだろ。どういうつもりだよって聞いてんだよ」

「あの、上がりませんか?」

「あ?」

 そのとき、おれの腹は、ぐうと鳴った。

 ニーナがぐいと、ドアを押した。

          *


「ニーナについて」


 ニーナは週に三回、門前仲町にあるキャバクラで働いているが、稼いだお金はいつもすぐ使ってしまう。ブランド品購入と、主にホストに入れあげているためだ。だから常に金欠で、ジャージで(購入したブランド品を使うなんてもったいないと彼女は考えている)黒いカブに乗って無職の友人の1kのアパートに行き、愚痴をこぼす日々を過ごしている。

 ジュンヤくんというホストのことを彼氏と思っているのだが、もちろんジュンヤくんはそう思っていない。日々の糧のひとつでしかない。ご飯を食べる。いただきますと言う。感謝する。でも、食べてしまった食事のことなんて、すぐ忘れる。消化とともにまたお腹が空く。いただきます。それだけのことである。

 そもそも、ニーナは主人公の目に映るほど、世間一般では可愛いと思われてもいないし、モテるわけではない。第一に、センスがよくない。手入れのされていない、自分で染めたから色のまばらな、伸ばしっぱなし、完全プリン状態の金髪と(仕事の際はアップでごまかしている)、仕事以外では、著しく目を小さく見せる効果のある、中学生の頃から使用する銀縁のメガネをかけており、私服は季節問わずいつもジャージで、くすみにくすみ、もはやピンク色ではなくなった、ハローキティのサンダルを履いている。

 第二に不器用で、字は下手で、料理もできず、部屋も汚く、化粧もうまくない。

 第三に、態度がよろしくない。好奇心はあるのだが、極端に怖がりで、臆病なのだ。そのため、何かしたいことがあっても、「どうせわたしなんか」という二の句が出るのが常で、勇気を振り絞ってことを起こしても、すぐに怖気づく。したがっていつも中途半端な結果しか出ない。そして、やっぱりわたしはダメなんだ、と落ち込む。そのくせ「ふざけんなよ、ぶっころすぞ」とすぐ言う。口の悪さと態度の悪さは、彼女にとっての盾だった。ただ、その盾で守りたいものが何なのか、彼女にはわからなかった。実際その盾はいつも、矛となって、彼女を刺した。

 ジュンヤくんは、唯をずっと大切にしたいんだ、と言う。だからニーナはいまだに処女である。本当はしたいんだけど、愛しているから我慢する。ジュンヤくんにそう言われると、それだけで腰が砕けてしまう。だから妄想を中心とした性生活を過ごさざるを得ない。
 主人公がニーナに抱く漠然としたイメージと、実際のニーナは甚だしく乖離しているのだった。


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 ニーナがうちの中にいるという状況が、イマイチピンとこず、さっき渡したからあげ弁当(大盛り)を、ニーナの前でもりもり食べているこの状況も、夢のように脈略がなく、支離滅裂としていて、誰か他人にこの状況を説明せよと言われても、うまく答えられない。

 なぜ? 何故? どうして? そう思いながらも、おれはからあげ弁当をパクパク食べている。テーブルの上には、ニーナの分と、おれの分の麦茶のコップが並んでいる。

「けっこうきれいなんだな」とニーナは言う。

「母がきれい好きでして」もぐもぐ食いながら、おれは答える。

「っくは。つうかおまえ、そんな腹減ってるのに、うちに弁当差し出したわけ? ハハ。何なのおまえ?」おれの顔を見て笑っているニーナを見るのは初めてで、髪の毛が縮れるくらいテンパッてしまい、口の中に入れたばかりの唐揚げをそのまま飲んでしまってノドがつまり、急いで麦茶で流し込んだ。

「たぶん、大切な人だから、自分の一番大切なものを、渡したかったんだと思います」言った後で、おれ、何言ってんだ? と思う。

「はあ?」

 はむはむ。おれが唐揚げを食う音だけが、部屋の中で浮いている。

「あの、唐揚げ食います?」

「いらねえよ」と言って、ニーナはうちのコップからうちの麦茶をごくんと飲んだ。「てかあのさあ、うち、兄弟いないし、男の友だちもあんまいなからよくわかんなくて、それで、ちょっと、聞きたいことがあんだけど……」

「もぐもく、ああ、はい。何でも」

 おれはこう考えていた。ここで一発、びしっとした話をすれば、ニーナの気持ちが惹けるかもしれないと。一発逆転、さよならホームランのチャンスが巡ってきたのだ、と。

 びしっと、びしっと、びしっと、ビタ押しのようにびしっと、びしっと、びしっと……

「男の人の性欲ってどういうシステムなの?」

「ぶしゅう」

 一瞬で、おれの口の中のご飯粒だとか、唐揚げだとか、緑色の漬物だとかが、いっせいに外の世界に飛び出した。

「きたねえなあ。何だよおまえは。ほら、麦茶飲め」

「ごほ、ごほ、あ、すいません。ごくごく。あの、せ、性欲、です、か」

「つか一般論だかんな、一般論」

「ええと、たぶん、年がら年中、やりたくて、やりたくて、やりたくてしょうがないと思います」

「おまえもそうなの?」

「はい。いや、一般論ですけど。あ」

「ん?」

「こうやって、親指を上にして手をめいっぱい開きます。ジャンケンパー」

「こう?」

「はい。で、手首を腰としますね。で、この親指、これ、一般的な十代二十代の勃起の角度らしいんです。で、人差し指が三十代、中指が四十代、薬指が五十代、小指が六十代以降という感じらしくて」

「だから?」

「基本的におれらはこんな状態なんです。一日中そうってわけじゃないけど、何かあるたびに、かなりの確率で刺激に反応しちゃって、何なら曲線を見るだけで反応しちゃうくらいで。とにかくすぐ、めっちゃ、そそり立つんです。何と言うか、そこにやる気を感じませんか?」

「よくわかんないけど……ふうん、そんなもんなのか」ニーナは天井を見上げ、何回か首をうんうんと振った後、言った。

「つうか、よく考えたら、おまえ制服じゃないけど、今日、学校はよ?」

「あの、三ヶ月前に、辞めました」

「どうして?」

「警察に捕まっちゃって、それが学校にバレて」

「何で?」

「万引きしたとこで、生徒手帳落としちゃって」

「防犯カメラに映ってたの?」

「いや、たぶん映ってはなかったんですけど、目撃者がいたらしくて」

「じゃあ物証ないんじゃん。生徒手帳なんか、誰かに盗まれたとかって言い張ればよかったじゃん。てか、そいつらも酷くない? 何で誰もかばってくれなかったの? おれらといました、とか、アリバイになるじゃん」

「でも、実際全員その場にいましたし、そもそもおれが、悪いんで……」

「はあ? 何であんた、泣いてんの?」

「え?」

「おまえキモいって。何なの?」

「ごめんなさい」ごまかす感じで、すごいスピードでからあげ弁当を食べきった。そして麦茶をこぽこぽ継ぎ足して、それを一瞬で体内に放り込んだ。「あの、唯さん。おれと、友だちになってくれませんか」

「はあ?」


つづく
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「種まく人」ジャン=フランソワ・ミレー