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パチ屋通いの童貞と、ホスト狂いの処女の物語♯1


 しゃらくせえと心が喚く。街道は甘ちゃんたちの群れを乗せ、液状化現象にもめげず耐えている。

 車たちの停滞を超えていく。おれの原チャリは宇宙一速えんだぜ。浦安のパチンコ屋を出て、市川塩浜まで続く一本道をすーっと進む。片側一車線、時々二車線。おれはこの道を、ウラジオストックって呼んでいる。


 浦安―塩浜=ウラジオストック


 地元はだいたい「江戸川」から「中川」の間。だから中川の向こう、東京は地元じゃないし、江戸川の向こうの船橋、本八幡も地元じゃない。だいたい総武線沿線に住んでるやつらは(駅が多少栄えてるだけで)威張ってる感じがして好かない。市川市民なのに市川という地名にピンとこない。そういう三角州的に窮屈で偏屈なところがこの辺りの住民にはあるような気がする。
 実際、地図を見てみると、江戸川、中川、東京湾に囲まれて、この地域は日本列島に接地していない(ように見える)んだから。すごいよね。まあいいや、とにかく。 

 ビーンと原チャリ進む。胸を張って足を開く主(あるじ)、つまりおれを乗せて進んでいく。スロットに負けて落ち込んではいるが、背筋だけはピンと張る。帰ったら飯食って昼寝すんべと放屁する。風にまぎれて消えていく。

 この道の終点は、築三十数年、団地風マンション。右折して敷地内に入って29番、おれの原チャリの寝床。エンジンを切る、メットインにメットをインして鍵を抜き、建物にイン。体がひどく汗ばんでいる。まずはシャワーを浴びよと決意を表明。寝てないからか、テンションが変だ。

 1、2、3、4、5、6、7、8、9階、3DK。おれとおれの母ちゃんのマイホーム。ただいまは言わない。誰もいないからね。パパッと脱いで服を洗濯機に放り投げる。ナイシュ。フー。風呂場に入ってシャワー、フンフン歌いながら、タバコの匂いを落としていく。泡が立ち、泡がこぼれて消えていく。ふうしゅ。ふかふかのバスタオルがおれを包む。そのままベッドにダイブして、気づくと夜で風邪っぽかった。で、風邪薬を飲んで服を着て、また寝ると、朝になっていた。


 窓からスカイトゥリーがのぼーんと見える。大気が澄んでる日は富士山が見える。後は工場とマンション郡と公園。そんな景色。服を着替える。Tシャツにジーンズ。腹減った。母ちゃんの作ったおにぎりを食べ、歯をみがいて外に飛び出した。

 どうやら体調は戻っていた。昨夜のあれは、意味なし徹夜のせいだろう。そう結論づけ、原チャリにまたがりキーをさし、ふたつ横のスペースで休んでいるカブをうっとりと眺める。

 この黒いカブの持ち主が唯(ゆい)ちゃんであり、ファムファタールである。ファムファタールというのは徹夜で読んだマンガの中に出てきた言葉で、何か良さげなので使ってみたが、意味はよくわからない。かぐわしい香りのする何かでしょう、きっと。ただ、そんな呼び方はもちろん恥ずかしいので、おれは彼女をニーナと呼んでいる。駐輪番号が27番だからだ。おれは29番。ニク。

 原チャリのエンジンがブルルンとかかり、ふと、思う。

「おれは何をしに、どこに向かうのだろうか?」

 いきなり記憶を失った人のように、おれは自問した。おれは、何をしに、どこへ、向かう?

「おい」という声が聞こえて振り返ると、そこにいたのは、ああ、まいった、ニーナだった。

「何、固まってんだ、おまえ」ニーナこと、ファムファタールこと、唯ちゃんはそう言った。

「……」

 おれが目をパチクリさせているうちに、ニーナはキックバーをすこんと蹴り下ろしてエンジンをかけ、「ちょっとそこ邪魔」と言い、あわてておれがどくと、そこをすうっと抜けていった。

 おれは何をしに、どこへ向かうのだろうか? 問うまでもなかった。パチスロットをしに、パチ屋へ、だ。


          29

 

 ……しゃらくせえと心が喚く。

 浦安のパチンコ屋を出て、再びウラジオストックを走っている。スロットは大負け。死にたい。もう死んでしまいたい。

 おれは四十数キロのスピードの中で自らに問いかける。

「この街道の支配者は誰だ?」

 おれだ(心の中で)。

 そりゃそうだ。ウラジオストックという名前をつけたのはこのおれで、ここをウラジオストックと認識してるのはおれだけなのだから、おれがこの道を統べることに、誰も文句は言わない。

 そう、我こそはこの街道の支配者なり。


 高校を辞めて、それまで毎日一緒にいた友だちが連絡をくれなくなった。

 みんな忙しいんだろうけど、おれは全然忙しくないから辛い。鳴らないケータイを持っててもしょうがないでしょ。しばらくは家にいるんだし、家電で充分でしょ。母ちゃんはそう言って、おれの携帯電話の契約を打ち切った。仲間たちには「携帯を解約するから、連絡あったら、家電にして」とメールした。誰からも返ってこないまま、その小さな機械のすべての送受信機能はストップし、ポケットにボリュームをもたせるだけのアクセサリーになった。それでもどういうわけか、毎日充電してしまう。

 大丈夫、大丈夫。大検を取れば全然大丈夫。問題ない、と母ちゃんは言う。追いつく、追いつく。はははと笑う。

 シミュレーションを試みる。


 勉強をする。

     ↓

 大検を取る。

     

 ここまでは、何となく想像がつく。だけど問題はその後だ。大検を取って何をする? 大検というのは、大学を受けることができる、というだけの資格だ。それだけ持っていても、何もならない。たとえ大検を取ったとして、それなら大学へ行けばいいのだろうが、大学に行って、おれは何をするんだ?

 母ちゃんはこういうことを言う。


 勉強をする。

     ↓

 大検を取る。

     ↓

 大学受験をする。

     ↓

 大学に合格する。

     ↓

 アルバイトをしながら勉学に励む。

     ↓

 就職をする。←ゴール

 

 母ちゃんのプランを聞くおれの頭の中では大量のクエスチョンマークたちがゴボゴボ溺れている。

 どうやって勉強する? どこの大学に行く? どうやったら受かる? 受かったとして、大学で何の勉強をする? どこに就職する? 人生って何だ? どうしておれは生まれた? 息絶え、打ちあがるたくさんの溺死体を、おれはどう処理すればいいんだろう?


          *


「主人公について」

 盗みを常習とする者は、お金を払ってものを買うことを損と捉えがちである。少なくとも彼の仲間はみなそうだった。ファミリーレストランに入れば食い、逃げ、街を歩いている弱そうな連中を見れば所持金を巻き上げ、勉強など一切せず、テストはすべてカンニングで済ませ、生産という考えがもてず、奪うことのみを生活の柱に生活を送っていた。

 ある日の万引きツアーの中で、主人公はミスをおかした。生徒手帳を落としてしまったのである。そのような場に、個人を特定するものを持っていくなんて、彼の仲間たちとしては、考えられないことだった。

 後日、主人公は警察に呼ばれ、事情聴取をされた。彼の姿を見たという店員の証言もあり、言い逃れできる雰囲気ではなかったが、主人公は黙秘を続けた。しかしそれが引き金となって学校の知るところとなり、彼は退学処分となった。先生の中には厳しすぎるという声もあったが、学校側も、証拠がないとはいえ、誰が彼の仲間かは重々承知しており、エスカレートさせないための、見せしめの退学処分という側面もあった。

 彼はというと、駆けつけた母親に死ぬほど殴られ、行為を認め、その日盗んだものすべての金額を弁償するということで(今まで貯めていたお年玉貯金が消えた)、店からの訴えは退けたが、彼がそうまでして守りたかった仲間との時間は、仲間のひとりが言った「あいつ、アホだな」という言葉とともに、跡形もなく消えたのだった。
 彼にあったのは、若さと、時間のみだった。正直、最初は少し浮かれた。学校に行かなくていいのだ。が、その気分は一週間も持続しなかった。彼の前にあったのは、死ぬまで続く無定形の時間だったのだ。

 一応、母親の手前、大検を受けることに決めた。だが、勉強はなかなか身が入らなかった。朝から晩までインターネットを開き、同じような境遇の人々の書く愚痴にうなずいたり、マンガを読んだり、DVDを見たり、テレビを見て過ごした。一日中働く母には勉強をしている、と言いながら。

 そんな彼を、気晴らしにパチンコ屋に連れて行ってくれたのも母親だった。彼自身よくわかっていなかったが、パチンコ屋というのはギャンブルをするところだった。日本の法律では十八歳未満は入れないことになっているから、一応、犯罪行為ということになる。まあ、細かいことはいいじゃない、と母親は言った。それくらい。

 導かれるままに、母の趣味というパチスロを打ってみた。で、出た。コインがこんこんと湧き出してくるのだった。母に勝ち金の半額を渡した。嬉しそうな母の顔が嬉しかった。母は焼肉をおごってくれた。美味かった。週に一度の母の休みには、ふたりでパチンコ屋に行くのが習慣になった。四回連続で勝った。自分に才能があるのではないか、と考えてしまうのも無理もない。

 そうして、彼はひとりでパチ屋に行くようになった。負けることもあったが、勝つことの方が多かった。お金が増える。そのうちに、大検を取ろうという気持ちは失せていった。

 そして勝てない日々がやってきた。まったく勝てなくなった。勝負の回数が増える。時々ちょろっと勝って、どかっと負ける。増えたはずの金がおそろしいスピードで減った。服のせいか? 髪型のせいか? 靴のせいか? 何に原因を求めても、流れは変えられなかった。ギャンブルにおいては、勝てないのはごくごくあたりまえの現象であり、じゃなきゃ店の営業が成立しないわけで、だから原因はギャンブルをすることそのものにあるのだが、そこまでは考えが及ばなかった。彼は落胆していた。それでも出口を探してもがいていた。

 ふと、思い立ち、自らの聖域、ウラジオストックの外へ出ようと思ったのは、そのような経緯だった。


つづく
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「種まく人」ジャン=フランソワ・ミレー