「33歳の孤独」または、師匠の選択。
 ♯24 
all you need is gamble.
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 父の好きだった映画にあやかって、旅の目的地をフロリダに決めた。「イージー☆ライダー」の主人公(ワイアットとビリー)はたどり着けなかったけど、僕と梅崎さんなら行ける気がした。目的が決まると、それがどんなに遠い場所だとしても、気分が楽になった。
 気づくと、サンフランシスコに合わせていた腕時計が2時間ズレていた。なぜ昨日は気づかなかったのだろう? たぶん倦怠感のせいだろう。最大で3時間の時差。アメリカのプロスポーツ選手は大変なんだな、と実感。
 この日は一気に東進し、オクラホマ州を通り過ぎ、テキサス州ダラスまで南下した。10時間ほどのロングドライブだった。4日目にして、移動に体がなじんできた。その分、疲れもたまっていた。ステーキハウスでテキサスビーフを食べ、ホテルに戻るとすぐに寝てしまった。夢も見なかった。

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 翌日はあいにくの空模様だった。ホテルでベーコンとシリアルの朝ごはんを食べた後、ホロを閉じたままのマスタングに乗車。雨音がホロを打つポツポツという音の中、アイフォンを取り出して、カーナビゲーションシステムの代行をしてもらう。何という便利な時代だろう。全米に張り巡らされた無料の高速道路を走っている限り、道に迷うということがほとんどない。西海岸にいたときは頻繁に渋滞を目にしたが、内陸部に入ってからは、大規模なものには遭遇していない。
「今日はどこへ?」ハンドルを握った梅崎さんが言った。
 僕はi-phoneにインストールしたアプリの地図を見つつ、目的地をセットする。
「ニューオリンズへ」
「Roger that」梅崎さんはアメリカ軍パイロットのような言い方で了承した。
 このインターネット時代にあっては、車はただの移動手段というだけではなく、ミュージックボックスでもあった。今まさにカーナビゲーションシステム代行に任命したアイフォンをいじり、サンフランシスコを出て以来、金に糸目をつけずにi-tunesでダウンロードしまくってつくったドライブ用音源ではなく、youtubeから「ぼくらが旅に出る理由」by小沢健二を聴くことにした。
 俺って本当に飽き性なんだな、と呆れるとともに、ワクワクするようなイントロが流れ始める。
「飽き性の師匠のために、考えたんだけど」僕の心境を見透かしたように梅崎さんは言った。
「うん」
「ドライブ中の会話にテーマを定めたらどうだろう?」
「テーマ? たとえば?」
「師匠の才能は、何か制限があった方が活き活きする傾向にある感じがするんだよね。だから、今日は一日、何かのテーマに沿った話しかしない、とか」
「わかった。じゃあ『僕らが旅に出る理由』について話してみよう」
「いや、そのテーマで師匠のテンションが30分持つとは思えない」
 うーむ、率直かつ的を得た意見である。おそらく、その通りなのだろう。
 小沢健二の歌声に耳を澄ませつつ、僕らの住む世界において、旅に出る理由について、考えてみた。
「……あ。恋愛は? 樹とそういう話したことなかったし」
「おれには性欲というものがない」梅崎さんは顔色を変えずに言った。「それは、母という存在がいなかったことに起因しているのかもしれないし、これまでしてきたことに由来しているのかもしれないけど」
「無理に話すことはないよ。ただの思いつきだし」
「いや、いい機会、なのかも。恋愛、ないし、異性について。師匠は結婚とか考えないんですか? 考えないのかな? 考えないの?」梅崎さんは、しまった、敬語を使ってしまった、直さないと、という感じで、変な活用形を使った。
 僕は首を横に振った。「考えないっていうか、考えられないっていうか」
「それは、どうして?」
「たぶん」少し考えた後で、言った。「可能性(possibility)と蓋然性(probability)の話に帰結するんだと思う」
 可能性は、必ず酔っ払うアルコールみたいなものだ。『宝くじに当たると5億円!』というのがそれだ。もちろん、誰が買っても当たる可能性はある。が、その蓋然性は極めて低い。いつでも、どんなときでも、可能性は残っている。パンドラの函に希望が残っていたように。だからこそ、一般に、可能性を追う人間は堕ちていく。失敗する蓋然性が高いからである。僕がこれまでスロットで培った行動指針は、「可能性は見ない。追わない。蓋然性の高さだけを求める」というものだった。可能性を追う人たちの落としていく可能性のカケラだけで十分生活が成立した。自分が可能性を追う必要はない。たぶん、僕は僕が求めるセックス、女性という存在が可能性にしか見えないのだった。
「スロット生活の弊害というか。こんな考えは人間としてどうなんだろうと思うんだけど」
「でも、だったらどうして、蓋然性の低いカジノのスロットマシンなんて打ったの?」梅崎さんは言う。
「酔っ払いたかったんだと思う。持っていた1万ドルくらいを全部すってしまいたかった」
「自殺衝動みたいなもの?」
「たぶん」
「やっぱり、仕事というか、普段の生活が人間を規定するのかな」静かな声で梅崎さんは言った。「おれの目には、ほとんどすべての死体が女に見えてしまうんだ。筋骨隆々の男でも、多汗症の中年でも、老人でも。たぶん、人間の根本の性が女性だから」

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 走り始めて3時間ほどでルイジアナ州に入った。梅崎さんが提案したテーマのある会話というのは、空模様のように湿り気を帯びてきて、考え込むための無言の時間が増えた。ただ、梅崎さんの目論見どおり、退屈は感じなかった。
 ここまでの話を自分なりにまとめると、僕と梅崎さんは、女性に対して、何か深刻なコンプレックスを抱えているらしい、ということらしい。
 すべての人間は女より出でて、女に還るということだろうか? いや、そんな中途半端なことを口に出す気にはなれない。語り得ぬものについては沈黙しなければいけない。これはたしか、ヴィトゲンシュタインの言葉だ。
「こんなことを樹に言ってもしょうがないんだけど、女の人って、どうして、揺れるっていうか、そんなに振れ幅が大きいんだろうかってのは、昔から思ってた気がする。母も含めて。それはもしかしたら、女性が男性に向ってしばしば放つ『鈍感』という言葉のゆえんなのかもしれないけえど、こっちはこっちで、努力して振れない人になろうとしてるわけじゃん。だからあえて見ないようにしている敏感な部分をバーンと出されると、戸惑うっていうか」
「いい感じですね」梅崎さんは普通に敬語を使った。
「ん?」
「明らかに、女性と男性では、幸福度的なものが違う。だから師匠だって、こうやってたまには愚痴をこぼしてもいいんじゃないかと思うんだけど」
「言うのはいいけど、聞くのがやなんだよね。男ってたぶん。だから自分もしない代わりに聞かせないで欲しいっていう風にガードするんじゃないかな」
「わがままな話だね」
「まあ、そうだよね。ただ、着地点のないおしゃべりが苦手だから、目的地を設定して、そこまでの最短ルートを探るのが楽なのかもしれない」
「ふうん」
「何がふうん?」僕は聞いた。
「いや、師匠がどういう人なのかわかりかけてきた」

 休憩しつつ、運転を代わり、8時間ほどのドライブを経てニューオリンズに到着。朝から降り続いていた雨はいつの間にかあがっていた。
 ヴァニラスカイ。雨上がりのニューオリンズは神々しいまでに輝いていた。その湿度と、苔むしたような外壁の家、八百万の神々が日本から出張してきたんじゃないか、いや、もともとここにはいるんじゃないか? と思うような独特の雰囲気が街を覆っていた。日本的では全然ないが、といって、一神教的な感じがしない。
 しばし散策し、古めかしいというか、由緒のありそうな、同時にオバケも出そうなホテルにチェックインし、シャワーを浴びて、名物のガンボスープを食べに外に出た。どこかで音楽が鳴っていた。レッドロブスターのCMの曲だ。何だっけ? インザムード。そうか。思い出した。ここはジャズ発祥の地なのだ。ミュージシャンのみならず、絵描きやパフォーマーが路上で自らの存在を世に問うていた。そういえば、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は日本に来る前にここで新聞記者をしていた、と父が言っていたような気がする。クレオール。ヨーロッパ的なものとアフリカ的なものの衝突。植民地と、宗主国の混成。ここはアメリカ文学にとっても大切な場所らしかった。
 オクラ、トマト、シーフードの入ったガンボスープはとても美味しかった。ガンボだけじゃなく、ジャンバラヤ、チキン、豆料理、食べたものすべてが美味しかった。どこで食べても同じ味が素晴らしいというファストフード礼賛は過去のものだった。伝統と文化、手の込んだ料理、ミックスカルチャーこそ至高。
 僕はこの旅で、やたらと浮気性な自分というものを発見しつつあった。
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.
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