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 2015年1月2日 金曜日

 沖ドキのボーナスを消化中のことだった。いつも帽子をかぶっているプロ風の男に「ちょっといいですか?」と話しかけられた。
「あの、相談があるんですけど、今日は何時まで打ってますか?」
「次の32ゲームでやめるかな」
「あの、飯おごるんで、話、聞いてもらえませんか?」
「……いいけど」
 換金した後で、帽子プロの運転するbBで、国道沿いのファミレスに向かった。
「何食いますか?」と彼は言った。
「どうしよう。ええと、和風ハンバーグとライスセットにしようかな」
「ドリンクバーもつけますよね?」
「ああ、お願いします」
「あ、自分、取りにいきますよ。何にしますか?」
「コーラを」
「はい」

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「あの、何て呼べばいいですか?」
「山村です」と僕は言った。
「あ、おれは、園田って言うんですけど、何か、照れくさいっすね」
「まあスロッター同士で自己紹介するってあんまりないからね」
「あの、山村さんはこの世界にどれくらいいますか?」
「十何年? けっこう経つね」
「先輩の目から見て、後、この世界にどれくらいいられると思いますか? 次の規制の先も、食っていけると思いますか?」
「園田くんは何でスロットを打ってるの?」
「最初は好きから入ったんすよね。エウレカとか、新鬼武者の時代です。大学行ってたんですけど、学ローン借りるくらいはまっちゃって」
「専業になったきっかけは?」
「ブログっすね」
「ブログ?」
「ハイエナで稼ぐみたいなブログがあって、そのブログの影響でスロットで稼ぐっていう基盤ができて、設定狙いに行き着いて、ホールを開拓する楽しみを覚えて、今にいたるって感じです」
「へえ。そういう入り口もあるんだ」
「お待たせしました」と言って店員がやってきた。「和風ハンバーグとご飯セットのお客様は?」
「あ、はい」僕は言った。
「失礼します。こちらはBLTサンドになります。以上でご注文の品はおそろいでしょうか?」
「はい」園田くんがうなずいた。
「ごゆっくりどうぞ」中年の男性店員が頭を下げて、去っていった。
「山村さんは、スロッターがスロットをやめて他の職業につくことってどう思いますか?」園田くんはBLTサンドを手に取りながらそう言った。「おれに勝ち方を教えてくれたそのブロガーも、今はもうスロット打ってないんですよね……」
「まあ、ある意味必然なのかな、と思うけど。要はスロッターってプレイヤーだよね。肉体ありきだから、当然、引退もある。ただ、現場から離れたら、もうスロッターとは言えないよね。それに、元野球選手が通用しても、元スロッターには何の意味もないし」
「そうっすね」帽子プロこと園田くんは笑った。「でも、最近ちょっと考えちゃうんですよねえ」
「何を?」
「……未来、見えないんすよねえ」
「でもどんな世界でもそうだと思うけど、先を見通すことなんて誰にもできないし、逆にあんまりにも見通しのいい場所にいたら人間ってダメになるとも思う」
「どういうことですか?」
「だって未来は確定してないじゃない。設定が決まっていても、その日の最終出玉がわからないように」
「でも、大体規定できるじゃないですか。割がわかってれば、平均が出せる。ただ、設定がなくなってしまえば、そんなこともできなくなるわけで、天井がなくなってしまえば、ハイエナもできない。パチンコに天井がつけばいいんすけどね」
「要は規制が不安ってこと?」僕はハンバーグをもぐもぐした後でそう聞いた。
「そっすね。後はモチベーションの維持の難しさというか」
「園田くんは何のためにスロットを打ってるの?」
「何すかね」園田くんはそう言って、ホットコーヒーをくいっと口に入れた。「今は惰性って感じがします。ぶっちゃけ」
「もっと違うことがしたい? それとも、お金が欲しい?」
「お金が欲しいです」
「金持ちになりたいなら、それ相応の努力をするしかないんじゃない」
「山村さんは金欲しくないんですか?」
「うん」と言った。「スロットだけで充分。だってお金持って何に使うの?」
「いい車乗って、いい家建てて、いい女連れて、みたいな」
「そういうのって、それこそ維持が大変だろうな、と俺なんかは思うんだけど。というか、目的と行為は主従関係にないほうがいい気するのね。いい車やいい家やいい女のために何かをするのって、しんどいし、そんな目的で俺は動きたくない。何かのため、というよりも、その行為をすることが目的っていう状態が、行為としてパフォーマンスが高い気がする」初めてまともに喋る相手にどうしてこんなことを言っているのだろう? と疑問を持ちつつ僕は言った。
「それ、いいっすね。目的と行為の主従関係って」
 園田くんはスマホを取り出して、カサカサとタッチパネルに触れていた。「目的と行為の主従関係……」
「園田くんは今ひとりでスロットを打ってるよね。どうして?」
「単純に金ですね。誰かと一緒に打てば、リスクを減らせるとは思うけど、儲けも半分じゃないですか。それが嫌なのかな。ただ、最近、人使うのもいいかな、とは思うんすよ。打ち子雇って、みたいな」
「打ち子にいくら払うつもりなの?」
「時給千円くらいかなあ。この辺でバイトするよりはいいと思うんで」
「ということは、組織をつくるってこと?」
「そういうことになりますかね」
「そっちのほうが稼げなくなったときにしんどくない? それに、園田くんの言うことを素直に聞いてくれる子を探すのって難しくない?」
「たしかに、そうなんすよね。山村さんは仕組み化とか組織化とかは興味ないんですか?」
「ない。そんなのやるくらいなら死んだほうがマシだと思ってる」
「極端っすね」と言って園田くんは笑った。
「てか、ひとりで大丈夫な人間は、組織に属せない。組織内で力を発揮する人間は、ひとりでいられない。もちろんそれぞれに努力は必要だけど、基本的にはたぶんそういう単純なことだと思うけど」
「山村さんはひとりでも大丈夫な人ですか?」
「うん。ずっとひとりだったし」
「そうですか……。つらいこととかなかったですか?」
「インターネット掲示板で叩かれて、逃げ出したことはある」と言って僕は笑った。そう、それが最初のきっかけだったのだ。
「おれ、そんなん怖くてよう見ません。そういえば、山村さんがいつも連れてる若い子いるじゃないですか。彼はどこから見つけてきたんですか?」
「見つけたっていうか、出会ったっていうか、流れっていうか、何だろう」僕はそういいながら、この数ヶ月を思い返してみた。色んなことがあったな、と思った。
「彼にはいくら払ってるんですか?」
「折半だよ」と僕は言った。
「マジっすか。年齢とか全然違うのに?」
「年齢って関係ある?」
「いや、えー、まあ、そう、すかねえ。でも、経験値が違うでしょ」
「ただの上下関係って甘えが生じるからさ。どうしても」
「ああ、それは何となくわかるような気がします。でも、ちょっとびっくりしました。てっきり打ち子だと思ってたんで」
「相棒だよ」
「すげえな」と言って、園田くんはコーヒーのおかわりを取りに立ち上がった。

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 園田くんはため息混じりに言った。「目指せ不労所得! ってわけにはいかないっすかね」
「今のスロットと同じだけの情熱を注げるなら可能かもね。たとえば、閉店チェックをして、翌日の設定配分を予測して、打つ台の優先順位を決めて、保険もかけて、開店前に並んで、13時間フルに打って、また翌日に備えて、それを毎日続けるみたいなシステム(仕組みでもいいけど)を、他のまだ誰もやっていない分野でイチからつくりあげたとしたら、成功者になれるでしょ。だってあの店に限って言っても、そんなことをしてるのは数人しかいないわけだから。ぶっちゃけ、すべての競争の勝敗を分けるものは、『運』と『優位性』だしさ。俺には金儲けのアイディアなんてひとつも浮かばないけど」
「いや、何か、すげえ刺激を受けました。そうっすよね……。あの、何か、ありがとうございます」
 そう言われると、急に照れくさくなってしまい、カフェラテを取りに行くことにした。

「でも、園田くんだったら何をしても、いいとこまでいく気はするけどな」僕は言った。「君がいないほうが俺としてはやりやすいし」
「いや、それ、こっちのセリフだわ」と言って園田くんは笑った。「山村さんたちが来てから日当ちょっと下がったんすよ。責任取ってくださいよ」
「それは無理」僕も笑った。
「スロッターは幸せになれますかね」
「どうかね」と答えた。「でも、スロットって楽しいよ」
「そりゃ好きっすけど、一生の仕事かっていったら、言えないです。体壊したらおしまいじゃないですか」
「うん。でも、金持ってても、体壊したら大変だよね」
「そりゃそうっすけど」
「園田くんはスロットで勝つことに対して不安ってある?」
「それはないです。今のところは、ですけど」
「でも、先行きを考えると、不安になる」
「はい」
「園田くんは両親はいる?」
「はい。っていうか、一緒に暮らしてます」
「それって素晴らしいことだ思うんだけど。親にはスロットしてること言ってるの?」
「一応」
「何か言われる?」
「親よりも入ってくるお金じたいは多いし、お金も少し家に入れてるので、何も言ってはこないっすね」
「そっか……。家族を大切にするとかも、未来の不透明感を和らげることにつながると思うんだけどな」
「まあ、そっすね」
「てか、そろそろ帰ろうか」と僕は言った。「明日打ちたい台あるし」
「オキドキっすか?」
「バレてた?」
「はい。でも、おれは明日は鉄拳と番長からはじめる予定なんでかぶらないっすけど」
「三が日過ぎたら全リセに戻りそうだしね」と言って僕は立ち上がった。
「そっすね」と言って、園田くんも立ち上がり、伝票を持ってレジに進んだ。
「ごちそうさま」と言って、ファミレスの外に出た。
「いえいえ。こちらこそありがとうございました。てか、山村さんの家はどこですか? 送りますよ」
「いや、いいよ。ここで。腹いっぱい食べたし、ちょっと歩きたい気分だから」
「そうすか? わかりました。今日はほんとありがとうございました。目的と行為の話、参考になりました。ちょっと考えてみます」
「ういっす」
「あ、山村さん、おれ、ブログやってんすよ。時間あるときでいいんで見てください。資金源のひとつになればいいなって思ってはじめたんすけど、おれには無理だって気づいたんで、そんなに頻繁に更新はしてないですけど」
「わかった」と答えた。「タイトルは?」
「『賭けることについて考えるときに僕の思うこと』です。長いですね」
「後で読んでみるよ。じゃ」
「お疲れっす」

 園田くんのブログは、いわゆるスロットの稼働日記だった。今読む気にはなれなかったので、ブックマークに入れておくことにした。月の大きな夜だった。オリオン座の方角に向けて、僕はテクテク歩いていった。
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スロット小説第一弾