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「師匠は女には興味ないの?」唐突にりんぼさんは言った。
「いきなり何ですか?」
「興味なくはない?」
「そりゃ、まあ」
「じゃあ最近いつやった?」
「何ですかその質問は……」
「いや、ちゃんとそういうことしてるのかなっていう単純な興味なんだけど。じゃあ、すぐにやらせてくれる女性と、まったくやらせてくれない女性はどっちがいい?」
「そりゃすぐにやらせてくれるほうがいいんじゃないですか」
「じゃあ、すぐにやらせてくれるけど、誰とでも寝ちゃう女と、やらせてくれない処女とどっちがいい?」
「そりゃ心情的には前者ですけど、質問おかしくないですか? どういう外見で、どういうパーソナリティがあってっていう前提がないと答えようがないですよ」
「いや、君と会って3日経つけど、少しずつ君のことがわかってきたよ。結婚したいとかそういう願望はある?」
「結婚したいって、まず人ありきじゃないんですか? 好きな人、というか、この人と一緒にいたい、一緒に年を重ねたい。家庭を持ちたい。それで初めて結婚願望っていうんじゃないですか?」
「ふむ。君らしい答えだ。だけど、それはあくまで君の意見であって、万人の答えではない」
「……そうなんですかね」
「好き、一緒にいたい、という理由で結婚するということは、好きじゃなくなったら、一緒にいたくなくなったら、離婚するということだよね」
「うーん、結婚については、ぶっちゃけあんまり考えたことがありませんでした。たしかに、そうですね。恋愛状態と、日々の生活を共にするというのは、違うことのような気もする」
「うん」りんぼさんはうなずいた。「質問を変えよう。師匠がスロットをしているのは、お金のためだけじゃないよね」
「……たぶん」
「たとえば、スロットよりもっと楽に稼げるものが目の前にあったとしたら、それ、する?」
「それは具体的にどういうものですか?」
「ここにひとつのボタンがあります。このボタンを押すと、あなたと関係のない人が何人か不幸になります。そのかわりにあなたにはお金が入ります。押す?」
「押さないです」
「何で?」
「何となく」
「だってさ、スロットだって同じじゃない? 大勢の誰かが負けてくれて、ようやく君みたいな人間に恩恵が届く。敗者のいないところに勝者は存在しない。やってることが同じなのに、ボタンは押さないってきれいごとじゃない?」
「そうですね。でも、そのボタンで不幸になる人には自己決定権がない。それはフェアじゃない」
「うーん」と言ってりんぼさんは芋焼酎をぐびと飲んだ。「こりゃ是が非でもパチンコ屋の存在しない世界で君が何をするのか見たくなってきたな」
「あの、りんぼさんは人を不幸にする仕事をしてたって言ってましたけど、何をしてたんですか?」
「人の不幸が利益に直結するビジネスモデルってけっこうあるんだよ。君も知ってのとおり、ギャンブル産業がそう。金貸しってのもそう。警備会社もそう。日本にはないけど、刑務所の経営とかもそうかな。軍隊もそうだね。武器、兵器をつくるってのもそう。社会が不安定になればなるほど事業拡大の契機になるっていう。もしかしたら酒造メーカーもそうかもしれない。娯楽産業もそうかもね。もちろん、それらには両面あるわけだけど。何て言えばいいのかな。ビジネスってのは、人に奉仕するのが第一義。その裏では依存させたいっていう思惑もある。良い商品、良いサービスは、必ず依存の対象になるからね。そして、できればその商品にまつわる流通を独占したい。それを防ぐために独禁法があるんだけど、現実はメジャーの論理で世界は回ってる。結局、世界で行われているすべての経済活動は、既得権益をめぐる戦争なんだよ。簡単に言えば、桃鉄みたいなもんなんだけど。桃鉄ってゲームやったことある?」
「はい。学生の頃に」
「あれってさ、モノポリーをベースにしたようなゲームだから、ある種の経済モデルでもあるわけ。で、ひとつの会社が成長する裏で、会社にとってネガティブな事件が発生する。台風とか、地震とか、キングボンビーとか、そういうの。そういうのを意図的に起こす人ってのも、世の中にはいるんだよ」
「火事場泥棒みたいなことですか?」
「それもその一例、だね。世界を構築しようとすることで生きる糧を求める人間、世界を崩壊させようとすることで生きる糧を求める人間、それぞれ立場は違うけど、糧を求めるという意味では同じ。そんな感じかな」
「金ってことですか?」
「そう。君たちが、今まさに、パチンコ屋という、極めて日本的なグレーゾーンで日々を過ごしているのも、金のためだ。だけど僕にわからないのは、どうしてパチンコ屋じゃなきゃいけないんだろう? ということだよ。別に、本気でお金だけが稼ぎたいなら、他にいくらでも方法はあるじゃない。どうして、パチンコ屋という空気のあまりよくない場所で、体を酷使してまでスロットを打ちたいの? 楽しいから?」
「うーん、ちょっとその質問は保留させてもらってもいいですか?」
「いいけど、どうして?」
「明日も朝から行きたいんで……」
「わかったよ。寝ようか」
「すいません。おやすみなさい」

       777

 僕と小僧は快進撃を続けた。1週間のうち、半分は高設定台に座れるようになった。そのうちに古株のジグマプロ(いつも帽子をかぶっている二十代中盤くらいの男)から、「明日はどの台っすかねえ?」と喋りかけられるようになった。喧嘩を売られているのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしかった。ジグマ同士の情報のやりとりは、設定を見極める精度の向上につながった。
 そんなある日、小僧が何かを発見したような顔をして、「師匠、ビタ押しって、もしかして、0.75秒を21で割るだけのことじゃないですか?」と言った。
「厳密に言えばリール1周のスピードは0.75~0.8秒の間くらいで、攻殻機動隊とか北斗転生とかは20コマだから、機種によるっちゃ機種によるんだけど、まあ、そういう認識でいいと思う。何か掴んだ?」
「何となく、ですけど」
「すげえな。てか、マジでメガネとかコンタクトとかしないで問題ないの?」
「別に遠くが見えなくても、そんなに困らなくないですか?」
「いや、困る。あの台が空きそうとか、おいしいゲーム数の台があるとか、わかんないじゃん」
「でも、目で見えない情報もありますよね」
「たとえば?」
「あ、今、あっちの台で人が立った、とか、あっちの台のボーナスが今終わった、とか」
「ふむふむ」と僕は言った。「音か。たしかに、音とかってあんまり気にしてなかったわ。うるさいからすぐ耳栓つけちゃうし」
「耳栓してても、何か、敏感になりましたね。気配とか音とか、そんなのが」
「ヴァルゴのシャカみたいな話だな」
「何ですか? それ?」
「いや、ただの昔話」
「てか、師匠、この二週間でいくら稼ぎました?」
「ふたりで50万くらい」 
「いくら貯まったら遍路するって言ってましたっけ?」
「ひとりあたり100万かな」
「じゃあ二ヶ月以内には貯まりそうですね」
「現在のペースで未来は占えないよ」
「でも、そうなると、まだ寒いですよね。真冬に遍路します?」
「うーん、それもそうだな」
「春まで待っちゃいますか」
「何で嬉しそうなんだよ」
「え、その分スロット打てるじゃないですか」
「……」
「ねえ、師匠、何でスロットって楽しんですかね」
「リールってクルクル回るだろ?」
「はい」
「リールってピカピカ光るだろ?」
「はい」
「だからじゃね?」
「……おれ、今、バカにされました?」

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スロット小説第一弾より