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 翌日も朝から勝負。並びは五十人ほど。

 ここに来て初めて予想が的中したらしい。僕の台が朝から好調。小僧の台は微妙だったので、やめてもらって、交替しながら閉店までぶん回した。小僧は随分スロットを打つということに慣れてきた。途中おいしいゲーム数の台を拾ったこともあり、会心の勝利。

 投資22000円、回収95000円。73000円勝ち。経費を含む総収支はプラス71500円。目標まで28500円。

「はい。これ、おつかれさま」僕はそう言って小僧に金を渡した。35750円。「明日からは経費計算するのめんどくさいから、自分の分は自分で買うって感じでよろしく」

「師匠。ありがとうございます」

「いや、別に、ただの対価だから」

「おれ、自分で金を稼いだことなかったんで、何かめっちゃ感動です。でも、今日は何もしていないも同然なんで、何か申し訳ないですけど……」

「いや、決まりを守ってくれて、同じ方向を向いていてくれれば、ふたりいるだけでリスクを軽減しているわけだから、出た方がエラいとか、出ない方がダメだとか、ないよ。だからその金額はおまえの正当な取り分。それに、まだ終わってないから。明日これがそっくりそのまま呑まれる可能性だってある」

「いやあ、でも、嬉しいなあ」

「一喜一憂してたらもたないよ」

「うおお。今日は贅沢したい」

「ダメ。明日イベントだから今日は早く寝る」

「え、……今日も野宿っすか?」

「うん」

「何でそんなストイックでいられるんですか?」

「大敗して気分を変えるために贅沢するならわかるけど、勝ったときはそれ自体が報酬だし、嬉しいんだから、節制もできるでしょ」

「マジか。すげえな。師匠すごいですね。ジャングルとか砂漠とかでも生きていけそうですね」

「いや、無理だろ」

「やったー、とか、どよーん、とか、師匠は感情の起伏をどうやってコントロールしてるんですか?」

「コントロールはできないよ。ただ、必要なものと不必要なものはフォルダー作ってポンポンって感じで整理してる」

「マジすげえ」

 ウソだった。そんな簡単に感情をゴミ箱送りにできるはずがない。小僧は朗々とした表情でダンボールとダンボールの間に入り込み、「おやすみなさい」と言った。寒いのだろう、時々鼻をずるずるとすする音が聞こえる。明日勝ったらこいつともお別れだな、と思う。これからますます寒くなる。こんな生活は体力的に不可能だ。昨日マンガ喫茶で寝たせいで、なおのこと屋外の寒さが身に染みる。上空の星が輝いている。残酷なまでに。 

 ……こんな風に条件の良いパチンコ屋が今日本にいくつあるだろうか? と思う。
 少なくとも、お金を欲しいと望む人間の数だけはない。あのホールだって客側が嬉々として打ちにきてくれるから(敗北を繰り返してくれるから)営業できるわけで、それがいつまで続くかは、誰にもわからない。今まで何軒の優良店が潰れるのを見てきたか。ぜったいに勝つはずの胴元ですら消え去る可能性のある世界なのだ。ある日法律が変わったら、年間二十兆円と目されるパチンコ業界にかかわる大多数の人間が失業する。

 何かが決定的におかしい。けど誰もそのおかしさの理由がわからない。わかってても言わない。一番上のボタンがかけ違っていたら、その下が合うはずがない。ぬかるみに建てた建物はいずれ倒壊する。僕はそのような場所で生きている。適材が適所にはまることのない環境で、それでも居場所と信じて生きている。自堕落に、感興の趣くままに。他人を蹴落とすことにはマメに、マジメに、一心に。絶望には見て見ぬ振りをして。

 どうして狙い通りの勝利の後は、いつもネガティブな方向に感情が向かうのだろう? 負けたときは気持ちが勝ちたいに集中できるのに。拡散する気持ちを集めて明日の狙い台のことを考える。結局抽選次第なんだよな、と思う。重力に導かれるように、やがて眠りがやって来る。


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 予想の正解を示すような盛況。百人を超える列が店の前にできていた。抽選次第ではあるが、いくつかのパターンを考えておいた。イベントにおいては、開店までにしておくことの量で勝敗が決まると思う。この店に設置された20円スロットは百二十台ほど。最高設定は十台がいいところだろう。それを取ろうというのだから、十二分の一を二分の一、三分の一程度まで限定できなくては勝負にならない。そこは予想。その後は臨機応変に。ぞろぞろと伸びた列が抽選ボックスに向かって縮まっていく。

「何番くらいが理想ですか?」と小僧が言う。

「十番以内。ただ、ここの抽選はパチンコとスロットが同時だから、正直読めないんだけどね」

「何か良い番号な気がする」

「だといいけど」

 僕たちの番号は、七十八と一〇六。まいった。が、こればかりはどうしようもない。小僧に作戦を伝え、先に入場する。予想台はほぼ埋まっていた。ということで、バラエティコーナーにある少し古めの台を打つことにした。こういう台に設定が入る可能性があるというのも優良店の条件である。常連を大切にしている証拠だからだ。小僧がやってきて、狙い台は全部埋まってました、と言った。そっか、じゃあ、とりあえずあっちのシマの後ろでそれとなく見ててよ。
「はい」 

 さて、この台はどうなんだろう? 設定を開始一時間程度で見極められる状況というのは少ない。だいたいは数値とにらめっこして押し引きの決定をする。そうこうしているうちに、小僧が顔を腫らしてやってきた。

「どうした?」

「いや、あの、こないだのやつらがいたから、お金を返してくださいって言ってみたんですけど、逆に殴られちゃって。でも大丈夫です。今持ってるお金は死守しましたから」

「大丈夫か?」

「はい」

「もう少しで判断できるからちょっとマンガ読んで待っててくれるか?」

「はい」

 コインを流すと千三百枚ちょっとあった。

 正直腹が立った。でも、あいつらに反撃する方法がわからなかった。僕に力があったら暴力で蹴散らすのに。僕に知恵があったらあいつらを騙すのに。僕に人脈かお金があれば復讐を代行してもらうのに。僕に銃があったらぶっ放すのに。でも、僕には何もなかった。何もできなかった。

 投資3000円、回収26000円。23000円勝ち(11500円ずつ)。放心状態のまま換金して道後温泉に向かった。
「坊ちゃん泳ぐべからず」という札の下のお風呂に浸かりながら、なあ、小僧、おまえが持っていた金はほぼ原点に戻った。もういいんじゃないか? と言った。

「師匠はどうするんですか?」
「うーん」と言いながら、考えた。何も思いつかなかった。
移動を続けるんですか?」

「どうすっかな。つうかおまえ、遍路に戻るんじゃないの?」
「いずれは必ず」
「なあ、何で遍路をしようと思ったんだ」

「弔いです」

「弔い」

「はい。両親が他界して、それでおれ、高校辞めて、親戚に引き取られたんです。でも、何だか納得いかなくて。それで」 

 ああ。やっちまった。だから他人のバックボーンなんて知りたくなかったのだ。しまった。これは致命的だった。情が、移ってしまった。
 客観的に見ると、背骨の形はみんな同じである。この湯船にいる数人も、体を洗うおじいちゃんも。そしてそれは、小僧から金を奪ったあいつらも同じなのだ。死んだ小僧の両親も、もちろん僕の両親も同様に。
 でも情は、その理を曲げる。客観を保てず主観に堕ちる。必要不必要ではなく、好きと嫌いに分断する。今俺は、完全に小僧の味方になってしまった。小僧を殴ったあいつらが憎かった。それはスロットをするうえで、不必要な感情だった。こんな気持ちは久しぶりだった。……まいった。

 風呂から出た。久しぶりにヒゲをそると、無理して若づくりしたみたいな風貌で、それがひどくむなしかった。ヒゲがないと師匠ってけっこう若いんすね、と小僧は言った。

 風呂代と飯代を払い、総収支はプラス92000円(46000円ずつ)。目標までは8000円。


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