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「33歳の孤独」または、師匠の選択
 ♯13 
all you need is gamble.


「待たせたかな?」
 その男は音もなく部屋に忍び込み、枕元に立っているのだった。
「待ちましたね」多少、ふてくされたような声で僕は返した。
「夢の邪魔をしちゃったかな?」
「夢は見てなかった、と思いますけど」
 僕の言葉を無視し、男は言う。「夢はいい。人間、夢の中だけは、誰の検閲も受けず、自由な創造を行える。文字通り、最後の楽園だ」
「俺は逆に、不自由に感じますけど。捕まったこともない警察に追いかけられることさえあるんですよ」
 ふふん、とりんぼさんは笑った。「いい夢もあれば、悪夢もある。ともあれ夢こそが、あらゆる宗教の起源だということをニーチェが指摘している。死者はただ死ぬわけではない。昔の人はそう推理した。なぜなら彼は夢の中で現れるから、と」
「夢、嫌いなんですよね」僕は言った。「もう一生見なくてもいいくらい」
「それは、夢の世界で生きていきたい、というくらい無理な注文だ」
「それもそうですね」りんぼさんにつられて僕も笑った。
「ぐずぐずしていると、朝が来てしまう。本題に入ろうか」
「はい」
「今日のテーマは、『なぜ、王がこの世界には必要なのか』について」
「いらないですよね、王なんて、ぶっちゃけ」僕は言った。
「それでも王は必要なんだよ」
「人々の心の拠り所的な意味でですか?」
「それもある。でも、最終的には、殺される存在として、人々の感情の最終処理場として、必要なんじゃないかと思う」
「……はい?」
「ねえ師匠。フレイザーの『金枝篇』は知ってるかな?」
「エウレカセブンに出てきますね。ボーナス確定の演出だったと思います」
「金枝篇は宗教、民間伝承を扱った長大な書物で」僕のたわごとを無視してりんぼさんは言った。「古今東西、さまざまな物語に引用されてきたけれど、近年、ピックアップされるのは、ほとんど2つのポイントと言っていい」
「金枝篇の特徴ということですか?」
「そう。ひとつは、聖なる樹、ヤドリギの枝『金枝』を折ることが許されるのは奴隷だけである、ということ、もうひとつは、その場所を司る存在(森の王)になれるのも、やはり奴隷のみであり、金枝を持ち、かつ、前の王を殺さなければいけない、ということ。つまり、王になるためには、身分、しるし、行為、三つの資格が必要ということだ」
「世界中に散らばる王殺しの物語の原型ってやつですかね。そういえば、原型、アーキタイプという言葉も、エウレカに出てきましたね」
「エウレカという感嘆詞の語源は『ヘウレーカ』というギリシャ語、アルキメデスが大いなる発見をした瞬間に叫んだ言葉として名高い。『アーキタイプ』というのは、カール・グスタフ・ユングというドイツ人心理学者の提唱した概念であり、『金枝篇』の作者ジェイムズ・フレイザーはイギリス人で、金枝の森があったとされるのはイタリアだ」
「交響詩篇エウレカセブンという物語のテーマは、チャンプルなんですよ」僕は知ったようなことを言った。
「金枝篇、王殺し、アーキタイプ、ロボット、中学生が喜びそうな素材をひとつの器にぶち込むということかな」
「エウレカが、ロボットアニメってことは知ってるんですね」
 ふふん、とりんぼさんは笑った。「それくらいはね。世界中の神話、民間伝承のリミックス。エンターテイメントの世界でその方法を採用し始めたのは『スターウォーズ』だろうね。文学の世界ではシェイクスピアやゲーテがやっていることだけれど。……だめだな。どうも、君と話していると、話が脱線する傾向がある。本筋に戻ろう。梅崎樹、彼が、僕の息子だという話は聞いているね」
「……」
「隠さなくてもいい。彼はいずれ、僕を殺しにくるだろう。彼だけじゃない。昨日話した田所類。彼も僕を殺しにやってくるだろう。だけど、彼らの試みが成功したとしても、僕の呪いを引き継ぐだけのことだ。まったくもって、やっかいな呪いだ」嬉しそうにりんぼさんは言った。「ただひとり、永里蓮だけはこのカラクリに感づいている節があるけども」
「……金枝篇と同じということですか?」
「その通り。僕の親族という身分、どうあっても僕を殺さなければいけないという根源的な欲求、僕を殺すという行為、この三つをクリアして、初めて彼らは僕になれる」
「……悲しい話ですね」僕は言った。
「悲しい?」
「『1、奴隷でなければいけない。2、一般人が触れられないものを持っていなければいけない。3、前の王を殺さなければいけない。』その条件をクリアしたところで、次にその条件をクリアされた者に殺されなければいけないんですよね」
「というかたぶん、悲しくなければ意味がないんだよ」
 父の言葉がよみがえる。人間存在がそもそも悲劇的なのだ
「それが王の存在価値だ、ということですか?」
「という側面がある」りんぼさんは言う。「すべてではないけどね。君がさっき言ったように、王なんてぶっちゃけいらない。それはその通りなんだ。今の世の中は、移り変わっていく途中、過渡期であり、端境期であり、古き世界の死期(墓場)であり、新しき世界の揺籃期(ゆりかご)であり、価値観の硬直と転倒が同時に起きている。矛盾と混沌。たとえば、22世紀には、小説みたいなものは、古典芸能のひとつみたいな扱いになっているだろう。すべての芸術の中で最も神に愛された音楽の意味すらも変わってしまった。去り行く者、滅びの時、王という装置も変化は免れない。が、座して待つわけにはいかない」
「りんぼさんが昨日言っていた、契約内容の更新というのは何なんですか?」
「ねえ師匠。僕の、つまり田所家の養子になってくれないか?」
「……俺は今、りんぼさんの所有物なんですよね。りんぼさんがそう望むなら、そうせざるを得ないんじゃないですか」
「いや、今回ばっかりは、君が君の本心から、そう望まない限り、できない」
「今回?」
「そう、今回。実は、もう名前だけは決めてあるんだ。田所当真」
「田所当真……」
「君には、田所家の真の当主になってもらいたいんだよ」
「でも、俺はりんぼさんの血を引いてないですよ」
「そう」りんぼさんはうなずいた。「偽造の王。僕は君に、そんな王になって欲しいんだ」
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.

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