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「33歳の孤独」または、師匠の選択
 ♯11 
all you need is gamble.


 僕は、ものごとを断定する人が苦手だった。
 その感覚は、父の教えと、父への反発によるものだった。テレビを見たい、と言う僕に、父は言った。テレビのつく嘘に気づけるようになるまでは、見てはいけない、と。
「テレビの嘘?」
「たとえば」そう言って、父はテレビをつけた。その時間、そのチャンネルでは、ワイドショーがやっていて、殺人事件の検証が行われていた。「ほら、聞いてごらん。映像に合わせて、短調の曲がついている。かつ、映像のトーンを暗くしている。これは、この事件が、悲しい、痛ましいものだ、という印象を強調させている」
「でも、悲しい事件でしょ」僕は聞いた。
「もちろん、事件そのものは、悲しく、痛ましいものだろう。が、その演出を施すことで、見ている人間を、傍観者にしてしまう。悲しい、痛ましい、で終わってしまう。傍観者は、思考を止める。傍観者は、そこから動こうとはしない」
 テレビのキャスターは、「とても痛ましい事件です」と言った。
「ほらね」父は言う。「テレビはただ、電波を受信する箱だ。同じように、視聴者を、情報をただ受信するだけの存在にするために、テレビは存在している。テレビ番組製作者が本当に欲しいものは、金だ。CMを見てもらうために番組がある。逆ではない。演出され、過度に誇張された創作物を見ると、非、主体的な人間になってしまう可能性が高い。あるいは、被害妄想にとらわれる可能性が高い。だから私は言っているんだよ。人間存在がそもそも悲劇的なものだ、と気づく前に、通俗的な文物を体に染み付かせてはいけない、と」
 父は、古典の教師をしていた。演出という意味では、古典だって同じだ。長い時間を経ているかどうか。違いはそこだ。当時の僕はうまく反論ができなかった。だけど、そのときの父の断定口調に、嫌なものを感じたのは事実だった。
 父に隠れて週間少年ジャンプを読むようになったのも、その反動だと思う。「ドラゴンボール」「スラムダンク」「幽遊白書」「ろくでなしブルース」「ダイの大冒険」「ジョジョの奇妙な冒険」そこには僕の読みたい物語が載っていた。
 小学校高学年になると、父と僕は冷戦状態に突入していた。小学校に行けば友達がいたし、中学に入ればバスケがあった。だから家の中では亡霊のようにおとなしくしていた。バスケ部の連中と折り合いがつかなくなって(というか、ハブられて)からは、ひたすら受験勉強に専心した。高校に入った後は、バイトに明け暮れ、ギャンブルと出会ってからは更に家に寄り付かなくなった。高校を出ると同時に一人暮らしを始めた。そしてほとんど会話を交わすことなく、父は死んでしまった。僕は断定的なもの言いを嫌った。そのくせ、たぶん僕は、誰かに何かを言うとき、断定的なもの言いをしてしまうことが多いように思う。本当だね。父さん。人間存在は悲劇的だ。

       777

 いつもとは違うカジノホテルで敗戦し、戻ってきてその大部分を取り戻したその夜、違和感で目が覚めた。
 そこは、(何のコネがあるかわからないが)梅崎さんがいつも予約してくれるスイートルームで、共用のリビングとバスルーム、ふたつのトイレとベッドルームという構造で、牙は向こうの寝室で寝ているはずだった。が、誰かが部屋にいる気配があった。
 誰だ? と思う前に、名前が浮かんでいた。
「りんぼさんですか?」
 弱ったな。雰囲気の主は小さな声で言った。「こっそり来て、君の寝顔をしばらく眺めていようかと思ったのに、もうバレてしまった」
 僕はベッドから上半身を起こし、ベッドサイドのライトをつけた。JOJO立ちのような奇妙な格好で、スーツ姿の田所りんぼさんがドアにもたれかかっているのが見えた。
 本来なら驚くところなのかもしれない。が、不思議と冷静だった。
「どうしてですかね?」
「ん?」りんぼさんは不思議そうな顔をした。
「ああ、今、俺が心の中で思ったことをりんぼさんにも伝わってるかと思って」
 りんぼさんは上品に笑った。「わかるはずないがないだろう。僕はエスパーじゃない」
「エスパーじゃなくても、音もなく、ホテルの一室に忍び込むことはできる」
「牙から鍵を借りた。別に種も仕掛けもないよ。それで、何を思ったのかな」
「どうして俺は、りんぼさんの前で落ち着いていられるんですかね。あなたを知る人は、皆、あなたを恐れ、敬い、かしこまる傾向にあるように思うのですが」
「さあ。君が特別な人間だからじゃないかな」りんぼさんはベッドまでゆっくりと歩を進め、ベッドに腰をかけた。「僕との約束を守ってくれているようだね」
「約束?」
「向精神薬の制限。1日に酒はビール大瓶程度まで、カフェインは1日に5杯まで、という」
「守ってます」僕は言った。
「今日はね、契約内容の変更を伝えに来たんだ」
「契約内容が変更される可能性があるなんていう契約はしていないはずですけど」
 ふふん、とりんぼさんは笑う。「それはもちろんそうだ。だから、君に有利な条件に変更するということだよ」
「有利な条件」僕はりんぼさんの言葉をくりかえした。とてもじゃないが、僕に有利なことが起きるという気がしない……。
「今まで、りんぼさんが自腹を切ってるのを見たことがありません。そんなりんぼさんが、俺に有利な条件を提示するとは思えない」
 僕は物語を探しているって言ったよね。静かな声でりんぼさんは言った。
「僕はね、硬直して動かない古き王を殺して、新たな王の誕生を見たいんだよ」
「パチンコ業界を滅ぼしてカジノにしたいって話ですか?」
「それもひとつだね」りんぼさんはうなずいた。「が、状況が変わった」
「状況? 僕はこの国で、ギャンブルを打っていればいいんじゃないですか?」
「その、予定だったんだけどね。申し訳ない。僕の想定を上回るスピードで、状況が変わってしまった。いや、早まった、と言うべきか」
 何の話かわからなかった。「何の話ですか?」
「ねえ、師匠。僕は自分の血筋があんまり好きじゃないんだ。僕の血を受け継ぐ者は、王を目指してしまう。どういうメカニズムがあるのかは僕にもわからない。だけど、必ずそうなってしまう。今は西暦2015年。もう間もなく、田所類という男が永里蓮という男と接触する。ともに、僕の甥だ。おそらく二人は、すごいスピードで世界を作り変えていくだろう。物語の導き手として。でもね、僕はその物語が気に食わない。何せ、彼らが拠り所とするものは自分の血なんだ。つまり僕の血だ。そうだね。同族嫌悪というやつかもしれない。だけど、僕としては、何もないところから切り開く物語が見たい。僕が君を気に入ってる理由は、君が『無』を拠り所にしているように見えるからだ。君があるから世界があるのではなく、君は世界をただ見つめる『目』である、というような」
 わけがわからない。僕は力なく首を振った。
「じき、朝になる。僕はまだこっちに来たばかりで時差ボケ気味なんだ。話はまた明日しよう。明日、同じくらいの時間に来るから、そのときまで考えておいて欲しい」
「何をですか?」
 りんぼさんは何も言わなかった。入ってきたときと同じように、音もなく部屋を出て行ってしまった。ホテルの一室は、さっきまでとは別の空間になってしまったような気がした。何かを考えなければいけない。でも、駄目だった。おそろしいほどの眠気が襲ってきて、犯されるように僕は眠りに落ちていった……
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.

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