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「33歳の孤独」または、師匠の選択
 ♯10 
all you need is gamble.
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「何してんすか?」誰かが言った。
 顔を上げると牙がいた。
「……ちょっと羽を伸ばしてみた」
 ふう、と息を深く吐き、「心配しましたよ」と牙は言った。
 このとき、牙が現れなかったら、僕は持っている金をすべて使ってしまったと思う。
「……飯でも食おうか」僕は言った。
「はい」
 チップを清算し、カジノホテルを出て、ファストフード店に入店。肉厚のパティ、チーズとベーコンとオニオンの挟まったハンバーガー、カリッと揚がったフレンチフライ、巨大なサイズのコカコーラ。これぞアメリカという飲食物たちを、負けが悲しくてしくしく泣く胃に詰め込んでいく。
「で、どうでしたか? 羽を伸ばした結果」
「惨敗」僕は首を振る。
「残念でしたね」
「慙愧の念に堪えないよ」

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「俺は、時々、逃げ出す癖がある」気づくと僕は自分語りを始めていた。「人や場所から」
 牙はハンバーガーを食べていた手を止めて、僕の話を聞いてくれた。
「その相手や場所が、優れていればいるだけ、自分とは違う生物なんだ、俺とは関係のない世界なんだ、じゃあ、さようならって」
「でも、小僧くんはどうなんですか?」
「小僧は、おまえらに金を巻き上げられた頃の小僧は、本当に何もできない小僧だった。でも、一緒に生活しているうちに、すごいスピードで色々なものを吸収していった。小僧から離れたのは、梅崎さんに誘われたという理由もあったけど、もしかしたら潜在意識の中に、こいつから離れたいっていう欲求があったのかもしれない」
「……」
「太郎ってやつがいたんだけど、そいつはどこまでいっても自己中心的で、それで、アホだった。俺は尻拭いをしていればよかった。だから、関係が続いた。だけど太郎は俺から離れていった。ある人間は俺(→)から離れ、ある人間は俺から(→)離れていく。たぶん、俺は人間の生活に向いてない」
「……」牙は申し訳なさそうに笑った。
 なぜ、こんな告白をしているかと言えば、持ち金の大半をカジノで使ってしまったからだった。弱っているからだ。弱っていないとき、僕の中に自我なんて存在しない。目の前の現実だけ、あるいは目の前の数字だけを見ている。監視してる。が、弱ると途端に出てきて(僕の出番だとばかりに)愚痴り出す。あるいは、時々、自我みたいなものが、僕の精神を弱らそうとそう仕向けるのかもしれない。僕を見てくれ、僕はここにいるよ、という風に。
「前に、強い人間だって言ってくれたことがあったじゃん」僕は言った。
「今でも思ってますよ」牙は返す。
「強いのは俺じゃなくて、人間の歴史とか、数字とか、論理。俺はそれを借りてるだけ。俺が人より勝ってるのは視力。それだけ」
「師匠は、自分の中の葛藤をきちんと言語化できるのがすごいと思います」珍しく、牙はアニキィではなく、僕のことを師匠と呼んだ。「逃げ出しがちっていうのも、自分の強度が保てない場所に長くいられないってことを理解してるからですよね。きっと」
「……」
「おれはそこまで冷静に自分のことを見られないんで」牙は残っていたハンバーガーをほおばり、コーラで流し込んだ。「これ、デビルが言ってたんですけど、人間は鏡を見るときに決め顔をすることが多い。なぜか? あいつは女の子って言ってましたけど、鏡に映る自分を見るほとんどの人は、自分の見たい自分を見てるんですよね。1から10のふり幅があったら、10に近い自分を見たい。1に近い自分を見るのはしんどい。けど、アニキィは1の自分をベースに思考をまとめられる。それはやっぱり強さだと思います。そしてその強さはたぶん、梅さんにもないものだと思います」
「……おまえそんなやつじゃなかったじゃん。気に食わないやつは殴る。金品を奪う。パチ屋に入って適当な台に座って、負ければ台をぶん殴る。あの頃のおまえはどこに行った?」
「Gone with the wind」牙は笑った。「風とともにどっかに飛んでいきました」

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 帰り道にテイクアウトでブラックの珈琲を買って、定宿のカジノホテルに戻って再びシコシコ小博打を打つことにした。
 ブラックジャックに没頭しているうちに、チップが徐々に増えていった。集中していた。それだけでは説明がつかないくらい、僕に有利な局面が続いた。まるで用意されていたみたいに。
 冷静と熱中の狭間でひとつの疑問が生まれていた。もしかしたら、このカジノが俺を勝たせてくれてるだけなんじゃないか?
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.

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