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「33歳の孤独」または、師匠の選択。
 ♯8 all you need is gamble.


 次の週は、牙と行動をともにすることになった。運転するよ、と言ったのだけど、牙は運転もボディガードの仕事の一部なので、と言って、運転席を占拠した。
「梅崎さんの修行はどうだった?」僕は聞いた。
「刺激的でした」牙は苦笑する。その態度はどこか、余裕を感じた。
「ずっと英語だったの?」
「そうですね。ほとんどブルース・リーの世界でした。いつDon't think,feelって言われるのかヒヤヒヤしてました」
「それ、冗談だよね」
「はい」
「デビルとの関係はどうなの? ライバル的な感じなの?」
「いや、ツレです」牙は言った。
「ツレ?」
「はい。あいつのことを敵とは思えないです」
「じゃあさ、この一週間でデビルがめちゃくちゃ強くなってたらどう思う?」僕は少し意地の悪い質問をしていた。
「おれも頑張ろうと思います」
「嫌な気持ちはない?」
「何でですか?」
「友だちが自分より強くなってたら、それが近い関係であればあるだけ、何であいつが、って思わない?」
「いや、まったく」牙はわけがわからない、という表情で言った。「むしろ嬉しいですよ」
「嬉しい?」
「あいつの成功はおれの成功なんで」
「……牙っていいやつだよね」
 照れた表情で、牙はハンドルを回した。

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 すっかり慣れっこになってしまったインターステイト80号(高速道路)を進んでいく。カーステレオからはウィズ・カリファの「Medicated」が流れている。梅崎さんがつくってくれたスロットBGM集は飽きてしまったので、ラジオを聴いているのだった。牙は自分からはほとんど喋らない。一週間前の牙とは別人のようだった。
「牙は何か、目標みたいのあるの?」
「目標ですか」そう言った後、牙は間をとった。「おれとデビルは、やっぱり加害者になってしまった責任があると思うんです」
「責任?」
「はい。だから、小僧くんをサポートできるように、独り立ちしたい。それが目標だと思います」
「でも、非合法的な活動をするってことは、被害者を増やし、加害者になり続けるという無限ループじゃないの」
「それは、はい」
「矛盾だとは思わない?」
「矛盾、ですね」
「……」
「矛盾しない自分なんていないと思うんですよ。矛盾を拒否すると、原理主義的な方向に突き進んでしまう。世界を敵と味方に分けるような考えはすべて間違ってると思います。いや」牙は苦い顔で訂正した。「間違える可能性が高い、と言うべきですね。世界を敵と味方に分ける線は時間が経つにつれてどんどん後退してしまう。世界を分けて、どんなに味方が多い方にいたとしても、自分の考えに賛同できない者を線の向こうに追いやっていくと、最終的には世界には自分ひとりが残ってしまう。そして、自分の立てた『矛盾しない自分』に殺される。矛盾しない人間なんていないのだから」
「そりゃそうだ」あまりの正論に、投げやりに僕は言った。
「自滅するか、世界を滅ぼすか。問題を、そんな二者択一にしてはいけない。だから、とにかく自分の守りたいものを定めて、従うしかないように思うんです。おれらは」と言って僕の顔をチラと見て、照れ臭そうに笑った。「おれらは小僧くんに忠誠を誓ったんです。昔の武士みたいに」
 反論がまったく思いつかなかった。僕は沈黙するしかなかった。
「そのためには、今はアニキィと梅さんにとって、有用な人間になりきるしかない。その他のことはその他のことです。人間、すべてを手に入れるのは難しいと思うので」

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 僕がギャンブルをしている間、自由に町にくり出していたデビルと違い、牙はトイレとシャワー以外、僕から離れずに行動した。ギャンブルを打つこともなく、守護霊のように。
「なあ、このフロアで俺が襲われる可能性はゼロに近いんだから、どこか行ってくればいいのに」僕は言う。「退屈だろ?」
「でも、金庫が、この時間は一般的な人間が眠っている時間だから、扉を少しだけ開放しようか、という風には考えないじゃないですか。ボディガードがクライアントから離れて良い結末を迎えた映画を見たことってありませんし」
「おまえって映画の話、好きよね」
「……そうですかね」照れたように牙は坊主頭をポリポリとかいた。「他のことはあんまりしていないですけど、映画だけはたくさん見ました」
「好きな映画ベスト5は?」たわむれに、そんな質問をした。
「『ニューシネマパラダイス』『ライフイズビューティフル』『ザ・スティング』『サウンドオブミュージック』『生きる』『雨あがる』……」
「ベスト5って言っただろ」僕は苦笑する。
「すいません、決められないです」

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 何かしら、牙の態度に不穏なものを感じていたのも事実だった。あるいは、デビルと1週間を過ごしたことで、デビルに肩入れしてしまっているのかもしれなかった。僕はトイレに行ってくる、と言ったまま、いつものカジノホテルを抜け出した。カジノのハシゴ。目の前には自由が広がっているように思えた。
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.
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