KIMG7561
「33歳の孤独」または、師匠の選択。
 ♯7 all you need is gamble.



 梅崎さんと牙と別れて最初の夜、カジノホテルのレストランで夕食を食べながら、「どうやったらお金持ちになれますかね?」とデビルが言った。
「何で?」
「頑張って稼げるようになって、小僧くんに楽な暮らしをしてもらいたいんです」
 小僧というのは、四国で彼らが有り金を巻き上げ、それがきっかけで僕とスロット生活をともにするようになった相棒のあだ名で、デビルの手にあったサバイバルナイフによって、小僧は片方の目を失明してしまったのだった。当の本人、眼帯生活を余儀なくされた小僧は、デビルのことも牙のことも、少しも恨んでいなかった。少なくともそんな態度はおくびにも出さなかった。だから僕が憤りを持つのは筋が違うのかもしれない。それでも僕は、心のどこかで、そのことを忘れられないでいた。
「それは、金を出すことで、責任から逃れたいって意識じゃないの?」僕は言った。
「……おれ、常識とか知らんことの方が多いし、頭悪いけん、記憶力とかもあんまりよくないですけど、あの日のことが頭から離れたことはありません。おれの手に握られたナイフが小僧くんの目に吸い込まれていく。おれの手と、おれの心が別のところで動いている。嫌だ、という気持ち。でも止められない手……」
「手がやったことだから、自分の責任じゃないって?」
 デビルはぶんぶんと首を振った。「いや、100%おれの責任です。アニキィにも、牙にも迷惑をかけてしまった」
「だけど、金を稼いだからといって、罪が消えるわけではない」
「もちろん、それはそうです」
「じゃあ、焦ってもしょうがなくない? 時間をかけて、少しずつ関係を紡いでいくしかないんじゃないの」
「最近のことなんですけど」デビルは焦燥感のある顔で言った。「牙がですね、もし仮に、おまえが死ぬようなことがあったとしても、小僧くんのことはおれに任せえ、とか真顔で言うんです」
「牙の成長が怖いってこと?」
「ああ。そうか。そういうことかもしれません」
「英語も喋れそうだったしね」
「はい。おれは英語なんて、てんでまったくさっぱり聞き取れません。ホンマに言語なんか、呪文ちゃうんか、と思うくらい。ここ最近は、田所班長も、おれの名前より牙の名前を呼ぶ回数の方が多くなっているような気がして」
「それは被害妄想だろ」僕は言う。「昨日だって牙に勝ってたじゃん」
「あれだってもしかしたら、あいつ、梅さんに鍛えられたいからわざと負けたのかも……」
「……」
「アニキィ、どうすればおれは強くなれると思いますか?」
「どうして強くなる必要があるの?」
「梅さんを見ていると、武器って道具やったんやなって思うんです。だけどそれは、梅さんが武器を道具として完璧に扱えるからであって、おれの場合、武器はただ飾りというか、ハッタリというか、明らかに自分よりも大きな存在で、主従関係が逆転しているというか、とても扱えんくて、小僧くんを怪我させてしまったのも、おれの弱さが理由やったと思うんす」
「その強くありたい、という気持ちが、強くなければいけない、という気持ちが、本当の自分から目を背ける要因なんじゃない」
「……え?」
「強くなければいけないと考えるから、背伸びしてしまう。自分以上の力を出そうと嘘をついてしまう」
「……」
「過大評価した自己主体は自分じゃないし、過小評価した自己主体も自分じゃない。まずは素直になるところからだと思うけど」
 何かを思いついたのか、デビルは両手をポン、と叩いた。
「アニキィ、アニキィがカジノでゲームをしている間、外に出てきてもいいですか? でも、やっぱダメか……」
「いいよ」

       777

 僕がカジノでギャンブルをしている間、デビルはホテルの外に出て(といっても大きな町ではない)、何かをしているようだった。僕は自分のギャンブルに集中したいので構わなかった。
「アニキィ、難しく考える必要はなかったのかもしれません」
 デビルがそう言ってきたのは、カジノホテルに入って4日後のことだった。
「日本語で喋るのと同じように喋ってみたら案外通じるんかも」
「ん?」
「英語って聞くと、まず学校の授業が出てきて拒否反応があったんですけど、考えてみれば、言葉って、自分のしたいことを伝えるためにあるわけじゃないですか。電話番号教えて、とか、名前何? 好きなものは? 君のことを知りたい、とか。何というか、構えることないんやね、と。おれ、女の子の前だと素直になれるんすよね。そのことにも気づきました。何か幼少期の心の傷とかあるんすかね」
「知らん」と言って笑った。

 一週間経って、サンフランシスコのアジトに戻る。左ハンドルに右車線というアメリカの運転にも、ずいぶん慣れてきたような気がする。助手席に座るデビルリバースは、スマホのアプリを使って英単語の学習に余念がない。一週間で人は変わる。そういうことだろうか。
 その夜、梅崎さんは、デビルと牙に手押し相撲七番勝負を命じた。結果は、4勝3敗で牙の勝ちだった。勝敗は別として、梅崎さんの英語にデビルが英語で返す、というやりとりが見えて、僕としては、ほっとした気持ちだった。なぜだ?
にほんブログ村 スロットブログへ
The Solitude Of Thirty-Three Years Old.
お読みになった後、上のバナーを押していただけると、助かります。 

♯8へGO