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「33歳の孤独」または、師匠の選択。
 ♯3 
all you need is gamble.


 カジノホテルのベッドで僕が見ていたのは、元カノの夢だった。いい加減にしてほしかった。いつまで僕の脳は、過去に属しているつもりなのだろう? 後悔がそうさせているのだろうか? それともないものねだりなのか? 何にせよ、過去は過去。元カノは元カノ。佐和は今の自分とはまったく関係のない他人だ。いまだに佐和とか名前で呼んでしまうのがいけないのだろうか? あの子。あの人。あの女性。うーん……ベッドから出て、カーテンを開けた。今日も乾燥したギャンブルタウンの上空には太陽があった。今はここが僕の世界なのだ。そう。
 チェックアウトがてら、カジノで得たチップを清算しようとすると、チップとは別に、けっこうな額が加算されていた。何でも、カジノに入ったときに作ったカードの中に、このホテルで使ったすべての金額が詳細に記録されていて、それに応じてキャッシュバックを受けることができるらしい。アメリカでは、20ドルより上の紙幣を持っていても使える場所が限られるし、盗られる危険性が増すだけだ、と梅崎さんが言うので、チップはすべて小切手に変えてもらった。

 ネヴァダ州からカリフォルニア州へ、オープンカーでハイウェイをひた走る。ある地点を越えると湿度と植物の種類が増し、それにともない気温が下がっていった。
 サンフランシスコは坂と海の街だった。上空にはカモメだかウミネコが浮かび、えげつない坂道を、ディズニーランドにありそうなケーブルカーが上っていく。どこか長崎に似てるんだよね、と、梅崎さんは自らの出生地になぞらえて言うが、長崎を知らない僕の見る限りでは、横浜や神戸に似ているように思えた。高台の高級住宅地、坂道、にぎわう繁華街、外界の接点としての港。ということは、そもそも、港町というものが、似たり寄ったりな構造を持っているのかもしれない。
 駐車場に車をとめ、フィッシャーズマンズワーフという港で、くりぬかれたパンが器になったクラムチャウダーを飲み(食べ)、絶海の孤島、脱出不可能と謳われたかつての監獄アルカトラズを眺め、しばし観光客気分を味わった後、駐車場に戻り、再び赤いオープンカーに乗った。
 市街地から離れ、巨大な橋を通り、坂をのぼると、丘のような場所に出た。そこから今通ってきた巨大な赤い橋を見下ろすことができた。ゴールデンゲートブリッジ。ばしゃばしゃと写真を撮っている観光客の中に、見覚えのある二人組が混じっていた。
 と、背の高い方が僕と梅崎さんに気づき、ブンブンと手を振っていた。
「アニキィ! 梅さーん!」

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 僕はこの二人の名前を知らない。ただ、便宜的に、片方の背の高い坊主を「牙大王」、片方のむっちり系筋肉男子を「デビルリバース」と呼んでいた。
 今となっては前世の記憶のようだが、僕はスロットを打って生活をしていたのだった。そんなある日、別段派手に動いたつもりはないのだけど、ネットの匿名掲示板で僕が叩かれているのを発見してしまった。今思えば、そんなことでショックを受けた自分が信じられないのだが、ともあれ、僕は住み慣れた世田谷区(と杉並区の間あたり)を離れ、どういう成り行きかは忘れてしまったが、西に向かい、流れ流れて四国にたどり着いたのだった。
 牙大王とデビルリバースは、お遍路狩りという、物騒、かつ極めて短絡的な犯罪行為に身を染めていた。そうして他人から巻き上げた金を、パチ屋に貢いでいた。ひょんなことから、僕は彼らに金を奪われた被害者の少年と知り合いになってしまったのだった。一文無しの彼に、僕はこんなことを言った。
「パチ屋から回収しようか」と。
 彼は僕を師匠と呼んだ。それが僕の奇妙なあだ名の由来であり、僕は彼を小僧と呼んだのだった。その日以来、僕と小僧は、運命共同体的スロット戦線を張り、その生活の延長線上に、デビルと牙、彼ら二人との対立があり、お互いに傷を負い(小僧の片方の目が失明してしまった)、田所りんぼさんの介入もあり、小僧の許しを経て、和解に至ったのだった。
「アニキィ。久しぶり」デビルが言った。
「アニキィ。おれ、外国は生まれて初めてっす」牙が言う。
「……おぅふ」僕はある種のアメリカ人がルーレットを外したときのように、大げさに嘆息した。「ねえ、樹、何で、こいつらがいるの?」
「弾よけはあったほうがいいでしょ」そう言って梅崎さんは笑う。
 僕は眼下にかかる巨大な赤い橋を眺めつつ、言った。「……おまえらどうやってここまで来たの?」
「ヒッチハイクっす」デビルが親指を立てる。
「……」
 僕と梅崎さんが黙っていると、補足するように牙が言った。
「サンフランシスコの空港で、ひたすら親指を立てて待ってたら、陽気な外国人が、いや、ここではおれらが外国人なのか、ええと……どこ行くんだ? みたいなことを英語で聞いてきたんで、テンパッてしまって、それで、知ってる地名、知ってる地名、と思い出そうとしたんすけど、ゴールデンゲートブリッジしか出てこんくて、それで、ゴールデンゲートブリッジって言ったら、ここに連れて来てくれたんす」
「……陽気でよかったな」と僕は言った。
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.

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