「33歳の孤独」または、師匠の選択。
 ♯2 
all you need is gamble.
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 人生はゲームである。そう考えてみよう。
「どこで生まれたか?」
「親の職業は?」
「性別は?」
「性格は?」
「運動神経は?」
「好奇心は?」
 生まれてしまったら最後、設定の変更はきかない。というか、初期設定の変更ができない状態を、生まれると呼ぶのだ。その時点で期待値の塊という人間もいれば、マイナス地点からスタートする人間もいる。このゲームの欠点は、ゲーム序盤の山場、学生時代あたりで、主人公がその事実に気づいてしまうという点にある、と僕は考えている。
 僕はいたって普通の家庭で育ち、いたって普通の学生として成長した。と思っていた。ただ、少年ジャンプの熱心な読者だったこともあり、友情にゼンツッパ、ないし多くのバロメーターを振り分けてしまった節があり、「友情、努力、勝利!」に目がくらみ、初期設定がよければ友情を得やすい、(初期設定がよければ)努力が実りやすい、(初期設定がよければ)勝利が近い、という事実に気づくまでに多くの時間を費やしてしまった。とはいえ、中学の時点で気づけたことは、幸運だったと言えなくもない。
 梅崎さんは、(当時は孤児院という名称の)児童養護施設で育った、と言う。両親が不在ということは、自分の血の来歴が不明ということだ。
「気にしたことないですね」と梅崎さんは言うが、それがどういうことを意味するのか、僕には正確にはイメージできない。

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 時にギャンブルの勝利は、感傷的な感情を連れてくることがある。喜びと悲しみを行き来するシーソーに揺られながらシャワーを浴び、バスローブをはおり、バスタオルで髪をわしゃわしゃと乾かしながら、地上20階、スイートルームから見えるカジノタウンの夜景を眺めた。砂漠の中に忽然と現れた、緑やピンク、青、自然にはありえないようなケバケバしい光の真下で、今もなお、人々の欲望が消費され、吸収され続けている。僕は今、たまたま、それを客観的に眺められる状態にある。が、どれだけ高い地点にいても、主観的に堕ちていくことは可能なのだ。そして、客観と主観を隔てる壁は、コンドームよりも薄い。
 ブラックジャックの戦利品、現金と等価交換できるチップの枚数を数えながら(1枚の最大は1000ドルだった)、急にバカらしくなり、ベッドに寝転びながら、チップを宙に放り投げた。バラバラという音を立てて、チップは僕の顔に落ちてきた(あたりまえだ)。
 
「今日はステーキハウス行ってみようか?」シャワールームから出てきた梅崎さんが言った。
 ステーキハウスというのは僕らが勝手に呼んでいるだけで、このホテルで一番高級なレストランのことだ。
「いいけど、樹は肉食べられないでしょ」
「食べないけど、師匠の勝利記念ということでお祝いしようよ」 
 梅崎さんは電話を取って、ペラペラペラと喋り、電話を切って「予約完了」と言った。
「ドレスコードはありますかね」と敬語で聞くと、
「ここはカジノなんで、パジャマとかスリッパじゃない限り、大丈夫だと思いますよ」梅崎さんは敬語で返した。
 梅崎さんは僕の2個上で、僕のボディガード兼通訳であり、アメリカで再会したのを期に、タメ口契約を結んだとはいえ、なかなか言葉の距離が縮まらない。ベッドの上に散らばったチップをまとめ、白いシャツをはおり、チノパンを穿き、スニーカーからローファーに履き替え、梅崎さんが支度を終えるのを待った。

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 カジノの語源はCASA、もともとは貴族が娯楽のために集まる小さな家のことを指していた。ふかふかのカーペットと貴族の座るような椅子、居心地のよい洞窟というような仄暗い空間で、カルフォルニア産のカベルネソーヴィニヨン(赤ワイン)を開け、乾杯した。
「さすが師匠ですよね」梅崎さんは言う。
「ん?」
「さっきのブラックジャックで、ここでの収支がプラスになったでしょ」
「プラスといっても微々たるものだけど」苦笑しつつ言った。
「師匠は今までプラスじゃないギャンブルってあった?」
「ない。……というか、プラスにならないものは手を出さなかったんだよね。今までは」
「初めてのギャンブルは?」
「麻雀かなあ。高校の頃、それで稼げちゃったのが運の尽き。こんな人間になってしまった」
「尽きたのか、ツキがあったのか」梅崎さんは笑う。
 寡黙そうな外見のウェイターが、テンダーロイン(フィレ)ステーキを手にやってきた。
「ミディアムレアに焼いています」英語でそう言うと、丁寧に僕の前にプレートを置き、ニコッと笑って去っていった。
 その柔らかいアメリカンビーフは、カルフォルニア州ナパヴァレー産の赤ワインと相まって、とても美味しかった。
「うん。美味しい」僕は言う。
 美味しいということをもっと表現したかったが、山盛りのグリーンサラダを食べた後、数種のチーズに合わせ、赤ワインのグラスを傾けている精悍な顔立ちの男を前にすると、言いづらかった。
「師匠、いったん、街に戻ろうか?」
 急な提案に、驚いた顔をしていると、梅崎さんは言った。「とりあえず、リノでは勝利を収めたわけだし、師匠にも休養が必要でしょ」
「何か裏がありそうな言い方だね」
 師匠、ワインは? と勧められたが、今日飲める分は飲んでしまったので、と言って断った。
「師匠に旅の仲間を紹介しようと思ってね」
「俺の知ってる人?」
 僕のボディガードは、含みのある顔でうなずいた。
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.

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