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「33歳の孤独」または、師匠の選択。
 ♯1 
all you need is gamble.


 カジノホテルの中心には、ギャンブルがある。たとえばご飯を食べようと思っても、外に散歩に出たくても、ギャンブル施設を経由しないといけない。ギャンブルマシンは眠らない。おまけに酒は無料。カクテルレディ(バニーガール)に一番安い張り札(チップ)を渡すくらいで飲み放題。アルコールは確実に脳のねじを緩め、懐の紐を緩める。熱くなれば熱くなるだけ、都合がいい。誰の? 愚問。
 初めてのカジノはどこか既視感があった。それもそのはず、見た目は昭和の時代のゲームセンターとさほど変わらない。違うのは、そこでやりとりされているのが、チップを介した実際のお金ということ。CASINO=パチ屋+ゲーセン+飲み放題。スロット打ちだった僕の第一印象である。

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 ルーレットが回っている。回るルーレットに小さなボールが投入される。回るルーレットの上を、小さなボールが転がっていく。この、中島みゆきの「時代」のようなゲームの機械割を出すとすれば、94.7%というところ。黒と赤に塗り分けられた、1~36の数字のどれかに賭けて、ボールがその数字に収まれば、36倍になって戻ってくるという単純明快なゲーム性。1/36の確率で36倍。しかし、それではカジノに儲けが出ない。そこで、0と00という2種類の数字(緑色)を設け、黒18個、赤18個、緑2個、38通りの数字の中から客に数字を当てさせる。ひとつの数字が出る確率は1/38であり、何の数字が出るにせよ、店は36倍の金額を払う。この差額がカジノの取り分である。ひとつの数字が出る確率は、100÷38=2.6ちょいのパーセンテージ。つまり、「0」「00」がある分、カジノには(おおよそ)5.3%の儲けが生じる。すなわち、プレイヤーの機械割は(おおよそ)94.7%。期待値の計算方法はこんな感じであります。

「師匠はもしかして、絶対音感を持ってるとかいう人が音をドレミで聞くみたいに、物事が期待値で見えるとかそういう体質なの?」梅崎樹が苦笑する。
「まさか」僕は首を振りながら、ルーレットのある景色を見回した。
 熱心に出目をメモにとる、身なりのきちんとした年配の白人男性。「今日は暑いわね」と、しきりにディーラーに話しかける(北国から来たのだろうか)中年の白人女性。この時間、ルーレットを囲んでいるのは、僕と梅崎さんを入れて4人だけだ。

 たとえば、一クラス38人の生徒に自分が含まれているとして、完全なる運で、代表に選ばれるかも、なんてバカな考えは僕にはない。いかにカジノといえど、1/38の1点勝負などという大それたことを考えられる人間は少数派のようで、「赤か黒、どっち?」という賭け方もでき、その場合は、成功報酬が2倍。ポイントは、成功確率が1/2ではないということだ。どれだけ賭けやすく、当たりやすくなったとしても、(0と00)という番人の長い腕は、きっちり5.3%のテラ銭をさらっていく。例外なく。
 試みに、5回限定の勝負をしようと、僕は黒に1ドルを賭けた。
 ルーレットが回って赤にとまる。1ドルが徴収される。
 次も黒に、今度は2ドルをベット。ルーレットが回って緑にとまった。2ドルが徴収される。
 次も黒に賭ける。今度は4ドル。ルーレットが回って黒にとまる。イエス! 8ドルゲット。投資は7ドルだから、僕の儲けは1ドルである。僕は満足し、梅崎さんとともにルーレットから離れ、バーカウンターでバーボンソーダを飲むことにした。

 投資金額に対してリターンが倍以上あるギャンブルの場合、賭け金を倍、倍という風に上げていくと、いつか当たったときは必ずプラスになる。小学生の算数レベルの話ではあるが、この賭け方はマーチンゲール法と呼ばれ、必勝法扱いされている。
 が、話はそんなに簡単ではない(簡単なはずがない)。僕は5回限定の倍倍ゲーム(マーチンゲール法)で勝負し、たまたま3回目で勝利を得たわけだけど、3回目が黒ではなく赤がきて、4回目も赤で、5回目も赤だとすると、31ドルの負けだった。つまり31ドルの敗北に対して、どこの地点で勝ったとしても、勝ち金はたったの1ドルなのだ。5回に限定したからこそ、31ドルの負けで済むが、負け金額は、ここから青天井、かつ加速度的に膨らんでいく。無限に金が続く人間なら必勝法にもなるだろうが、そもそもその人間に必勝法など必要ないという矛盾に陥り、天井のある僕らの財布はすぐに炎上してしまう。今はただ、気軽なギャンブルを味わいたかっただけだ。おかげで酒が美味い。
 そのうちに、空腹感が主張を始めた。梅崎さんを誘ってレストランでバフェ(ビュッフェ)形式のランチを取ることにした。カロリーの塊たちを避け、ボソボソした中華風そばにプライムリブ(上級ローストビーフ)をとって席につく。謎の組み合わせだけど、まあいいか。ベジタリアンの梅崎さんはボウル山盛りのサラダに塩を振って食べている。

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 このカジノに滞在して3週間になる。延々設定1を打っている感じで、増減こそあるものの、徐々に金が減っていく。カジノでできるギャンブルでもっとも期待値が高いのはバカラ。これが、機械割でいうところの99%程度。次いでブラックジャックで98%程度。トランプで行うゲームなので、札の残り枚数をカウントすることにより、確率は多少変化するけれど、当然、カジノ側の対策は万全であり、必勝法には程遠い。
「ねえ、師匠」梅崎さんは言う。「楽しんでる?」
「うーん」
 プライムリブをほおばりながら、梅崎樹の質問を保留する。目の前で野菜をもしゃもしゃ食べる(乳製品と卵はありのタイプの)ベジタリアンである梅崎さんは、人を痛めつけ、死に至らしめる技術をひたすら磨くことで生活の糧に変えてきたという、これまでの人生で会ったことのないタイプの人間であり、そんな人に師匠と呼ばれることに慣れてきた自分が恐ろしくもある。
「後いくら残ってるんだっけ」僕は聞いた。
「キャッシュは1万ドルと少し」
「……使い切らないとダメなの? つうか、樹は何もしないの?」
「おれはただの通訳なんで」梅崎さんは言う。
 彼の言葉に議論の余地はない。
「やっぱり無理だと思う」中華風ボソボソそばを食べていた手を止め、僕の中でとうに出ている結論を口に出した。「期待値が見当たらない。中途半端な押し引きや、運だけではとてもやっていけない。レベルの低い相手がいる場所があれば、ポーカーや麻雀みたいな、打ち手によって優位性が変化するゲームだったら勝てる気もするけど、今の俺の英語理解力では厳しい。何より、他人の金でギャンブルをすることが心苦しい」
「だから?」梅崎さんは何を言っているのかわからないという顔で言った。「とにかく師匠は、この国のカジノで勝ち越して、その金を元に永住権(グリーンカード)を取得しなければいけない。さもなければ、死ぬ。それだけだよ」
 サラッとこういうことを言う男だということを再確認した後で、「轟けアメリカンドリーム!」話を変えることにした。「よくさ、アメリカに来たら太るとかいうけど、それってただの甘えだったりするよね」
「単純に、低カロリーな食事の方が金がかかるってのが事実じゃないかな」
「残酷な事実だ」

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 午後はひたすらブラックジャックを打った。トランプが2枚配られる。盤上に見えるのはA(エース)。心を静め、その下に伏せられたカードをゆっくりとめくる。Jの文字に心が踊った。ジャックとエースでナチュラルトゥウェニーワン(21)。賭け金を上げた途端、このゲームにおける最高の役が来たのだった。一進一退の展開ながら、3600ドルほど(当時のレートで43万2000円程度)の浮きが出た。気づくと夜になっていた。スロットにしろ何にしろ、ギャンブルをしていると時間が経つのが早いのは何故だろう?
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The Solitude Of Thirty-Three Years Old.

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