「わたしは不幸だ」という言葉は理解できない、なぜなら本当に不幸な人間には「わたしは不幸だ」とは書けないからだ。フランツ・カフカ

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「不死鳥の灰」
♯64 Good Time

まえがき
 
    

スロ小説とは何か? 

スロ小説の年表          


 村人たちは、すでに眠りについている。空は輝き、瞬き、時折流れ星が流れていく。横には2つ年上の松田。初めて来た場所なのに、つい先日初めて会った相手なのに、既視感があった。心地よい酩酊状態が持続していた。頭は明晰でありながら、限りない未来が手の中にあるような。それは明晰とは言わないか。おれは笑う。
「何がおもろいん?」
「いや、ずいぶん遠くまで来たんやな、と」
「もっと遠くまで行こうぜ」
 そう言いながら、松田はハシシを混ぜたメンソールのタバコに火をつけた。松田の顔が一瞬赤くなった。
「ちょうだい」と言って不恰好なタバコを受け取る。
 知らなかった。腰をおろしているこの砂浜が、おれが奈落の底に落ちていくのを守ってくれていたのだった。そして星々は、こんなちっぽけなおれをも照らしてくれていた。海が祝福をささやいていた。大地、空、海。それは一個の芸術だった。そこに自分が属していることが、たまらなく嬉しかった。

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 そんなおれの完結した世界に侵入してきたのは次の一言だった。
「なあ蓮、おれ、前世でおまえと会ってへんか?」
「この世界を構成しているすべてはつながってる」おれは言う。「そのシステムがカルマだとしたら、もちろん会ってる」
「いや、それだけじゃなくて。何て言うんかな、うーん、うまく言えん」
 立ち上がった松田の顔が、誰かの顔に似ていることに気づく。
 ……ハネくんだった。ハネくんはたしか、おれの二個上だった。ということは、生きていれば松田と同い年だ。
 ……いや、そんなはずがない。ハネくんは、1999年に死んだのだ。
 ……いや、違う。あれは、ひとつ前の人生の出来事だ。義父さんの会社が潰れなかったように、もしかしたら、ハネくんも生きているのではないか? いや、ミキモトがいなかったように、あるいはハネくんも、存在しないのか?
「どうした?」
「やばいな」おれは言った。「バッドに振れてる」
「水でも飲んで、落ち着けや」
 ミネラルウォーターを飲んで、寝転んだ。星々が目に痛かった。誰かがあそこから、おれの動揺を見てほくそ笑んでいるような気がした。やめてくれ。……やめてくれ。

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 ハネくんは、おれにスロットを教えてくれた人だった。生まれて初めて喧嘩に負けた相手でもあった。友情・努力・勝利。少年ジャンプみたいな友だちだった。そして最後には、ビルから突き落とされて死んだ。どうしておれの人間関係は、いつも不幸な結末を迎えるのだろう?
 氷野に会いたかった。氷野と一緒にこの星空を見上げられたらどんなに幸せだろう? 誰が別れようと言った? おれだった。

「なあ、蓮、男同士で結婚ってできないんかな」
「は?」
「おれは死ぬほど考えたんだが、浮気をせずに異性と継続的な関係を結ぶことは不可能だ、という結論に達した。おれの下腹部にこの伸縮自在の秘密兵器がついている限り」
「くっくっく」おれは笑う。「何だその信仰告白は?」
 そういえば、ハネくんも、そんなようなことを言っていたような気がする。
「悲しいかな、おれは生物としての要請の声から耳をふさぐことができない」松田は言った。
「それはただの男の本音だろ。おまえだけの問題じゃない。やりたいという気持ちと、実際に浮気することは違う。おれらの国には倫理があって、浮気しまくる男が正当化されることはほとんどない」
「そうかもしれないけど、自分を欺くことはできない」
「結婚しなけりゃいいだけの話じゃね?」
「だけどな、これも死ぬほど考えたんだが、やっぱり、結婚という制度は人間的な生活において、有利なんだよ」
「で?」
「その優位性を突き詰めていくと、形式であり、形式の意味するところの信頼だ。信頼という絆で人と人が結ばれることは、蓋然性(がいぜんせい)がある」
「スロッター的確率論か?」おれはちゃかすように言った。
「イエス」
「形式に蓋然性があるように、本音と建前にも蓋然性がある。一種の礼儀みたいなもんだ。全員が本音を叫び出したら、社会は立ち行かない」
「それもそうだな」松田はうなずいた。「なあ、蓮、人生に敵がいるとしたら、何だと思う?」
「時間。身体。既得権益。育った場所、自分が育った場所の言語。欲望。感情。風習。法律。いっぱいあるだろ」
「敵はいっぱいいる。つまり、おれたちには、共通の敵がいる。ということは、仲間になれる。じゃね?」
「おまえがおれの敵になる可能性もあるけどな」
 松田も横に寝転んだ。それから煙を吸い、煙を吐いた。
「たしかに。だけど、人間が自分の体から出られない以上、自分自身よりも強い敵はいない」
「そうだな」残り少なくなった不恰好なタバコを受け取り、煙を吸った。
 たしかハネくんは、こんなような会話をした後で、いい会話ができてるな、と言った。
 松田は言う。「何か、いい会話だな」
「いい会話?」
「うまく言えないけど、いい時間だよな」
「いい時間」
 いい時間もあれば、悪い時間もある。すぐに思いつくのは、スロットのハマリだ。ただ、確率でいえば、ハマリと連チャンは同じようなものだ。それは、嬉しいか、嬉しくないかの違いに過ぎない。店の利益になるか、打ち手の懐を潤わすかの違いに過ぎない。総和は変わらない。これもカルマだろうか?

つづく
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"Study for a Running Dog"


「走る犬のための習作」
フランシス・ベーコン1954年
             

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