「わたしは不幸だ」という言葉は理解できない、なぜなら本当に不幸な人間には「わたしは不幸だ」とは書けないからだ。フランツ・カフカ

1ベーコン_走る犬のための習作 - コピー
「不死鳥の灰」
♯63 Sa-Shi-Shi
(white double seven)night
スロ小説の年表         


 おれの言葉に松田が引っ張られ、松田の言葉におれが引っ張られ、旅を続けるうちに、おれたちは同じような言葉をしゃべるようになった。
 そこは、ヤシのしげる静かな村だった。村人は昔ながらの暮らしを営んでいた。漁をする。炊事。洗濯。食う。眠る。美しい半円形の湾があるが、都市部から離れているうえに、交通が不便なため、観光客はほとんどいなかった。おれたちは、一泊数百円という、トイレのない簡素なつくりの小屋に泊まることにした。
 おれたちはそこで、ハシシを喰らいながら、ハシシでサシシというワードで1時間笑い合った。1時間。現役のスロット打ちならば、リールを878回転させている時間だ。その間、おれたちはただ笑っていたのだった。ハハ。

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 ミネラルウォーターが甘い蜜のように感じた。世界が輝いているような気がして、おれたちは小屋の外に出た。空がそのまま落ちてくるんじゃないか、というような星空が広がっていた。

「すげえな」砂浜に腰をおろしながらつぶやいた。
「おれは、定期的に同じ夢を見る」松田は砂浜に腰をおろしつつ、冷えていない缶ビールを開け、そんなことを言った。「そこでおれは、医者とは正反対の、人を傷つける、というか、不幸にさせるような仕事をしている。だからこそ、おれは医者になろうと思った。だけど、このまま行ったら、おれは、国家資格を持った悪人になってしまう。旅に出たのはそれが怖かったという理由もある」
「何だその非科学的な動機は」おれは笑う。笑いながらも、笑えない話だ、と思う。松田のその動機は、言葉は違えど、おれとほとんど同じものだったからだ。
「おれはたぶん、前世でもスロットを打ってた」
「永劫回帰」松田は言った。「寸分たがわずに同じ生を無限に繰り返す。そういうカルマもあるんだろうな」
「でも、寸分たがわずに同じ生を無限に繰り返すのは、偉大すぎる神がいないと、というか、よっぽど巧妙なシステムじゃないと、難しいよな。どこかでエラーが起きる。ひとつのエラーは無限に膨らみ、違う生になってしまう」
「カルマというシステムは、この地球上で起きていることを注意深く観察すれば、たどりつく。四則演算みたいなものだ」松田は立ち上がり、海を指した。星明りに照らされた松田の顔が輝いて見えた。「太古から、この星の水分量はほとんど変化がない。ということは、どこかで洪水があれば、どこかで旱魃が起きる。どこかに豊富な水源があれば、どこかの土地は慢性的に水が足りない。草木は酸素を放出し、動物は酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す。動物は死ねば、土に還る。そこから草木が生えてくる。すべてはめぐる。移り変わっていく過程である。だけど、カルマというシステムの査定者がどこかにいる、と仮定した瞬間、宗教と既得権益が、そして戦争が生まれてしまう」
 手が届きそうな星空を眺めながら、昔の人が星空に物語を描いた意味がわかるような気がした。自分たちの見上げる世界なのだ。そこにはきっと、意味があり、崇高な営みがあるはずだ、そう信じたいのだ。
「カルマにしたがって、輪廻転生、生まれ変わりが起こる。非の打ち所がない論理だよな」おれは言った。「明快で、道徳的で、統治にも役立った。ただ、どんな宗教もそうだけど、人間だけ特別扱いしすぎじゃね? 太陽や宇宙は偶然誕生した。地球も人間も。だけど、神は人間の都合で生まれた。それだけのことじゃねえの?」
 おれは手に持ったペットボトルの水を口に含んだ。
「水ちょうだい」と松田が言った。おれはペットボトルを松田に渡した。代わりに、松田の手にあった缶ビールを受け取った。ぬるいビールは、甘く、苦く、喉を通った後も、甘く、苦かった。

つづく
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"Study for a Running Dog"


「走る犬のための習作」
フランシス・ベーコン1954年

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