「わたしは不幸だ」という言葉は理解できない、なぜなら本当に不幸な人間には「わたしは不幸だ」とは書けないからだ。フランツ・カフカ

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「不死鳥の灰」
♯62 Sloter's blues

まえがき
 
    

スロ小説とは何か? 

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 2度目の21世紀がやってきて、高校を卒業してしまうと、いよいよスロットしかすることがなくなった。しかし、金はなかなかたまらなかった。かつての自分に比べて、精神が安定しなかった。タバコをやめることは成功したが、飲酒量が増していた。どうしようもなくなると、かんなみを目指した。年齢のうえでは二十歳になり、ようやく目標としていた300万が貯まった。

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 インドに向かったのは、特別な理由があったわけじゃない。バックパックを担いでドミトリー(相部屋の安宿)に泊まるという経験がしてみたかったのだ。
 人、人、牛、香辛料の匂い、牛、人、人、デリーの街で、医大を休学して旅行しているというひとりの日本人に出会った。東京都世田谷区出身。180センチ超の身長にロン毛。年齢は2つ上だったが、おれたちは、数分で意気投合した。何よりも、この松田遼太郎という男との共通点は、旅費をスロットで捻出したということだった。

「変なこと言うで」関西弁に憧れがあるか、あるいはおれの喋り方が移ってしまったが、うまく表現できないのだろう、妙なイントネーションで松田は言った。「おれがインドに来たのは、カルマについて考えたかったからや」
「業(ごう)。輪廻転生。リーインカーネーション」カルマから連想する言葉を並べた。
「そう。釈尊はこの地で悟りを開いた。その教えが日本に渡ってきて、受け継いだひとり、親鸞がおもろいことを言っとる」
「おまえの喋り方のほうがおもろいけどな」おれは言った。
 おれのチャチャを無視して松田は言う。「『歎異抄(たんにしょう)』いう、親鸞の言葉を弟子が記した新約聖書のような書物にこんな記述がある。『善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや』」
 その言葉はどこかで目にしたことがあった。「善をつんだ善人でも極楽に行けるのだから、善をつんでいない悪人が極楽に行けないはずがない、いや、もっと行ける」というような意味の言葉だった。
「他力本願やったっけ?」おれは言う。
「うん。善行は自力ということだから、悪行しかしかない悪人のほうが、他力という、極楽に行くための方法論には親和性があるみたいなことやろうけど、イマイチおれにはわからんかった。ただ、期待値論とかけ離れた考え方には惹かれた」
「ほんで?」
「インドに来てみた」
「医大を休学してまで?」
「うん」
「ほーん」とおれは言った。「で、何を悟った?」
 松田は首を横に振った。「さっぱり」
「くっくっく。ただのないものねだりやったんやろ? 医大って授業料エグいって言うやん。戻って勉強せな」
「国公立や慶応はそれほどでもないんやけどな、おれんとこは、卒業するまでに4000万近くかかる」
「それやったらなおさら、6年間で国家資格取らなあかんのちゃう」
「わかってるよ。でも、破滅がわかっていても、しなければいけないことってあるやろ。わからん?」
「……わかる」と言った。
 お互い、明確な目的地があるわけではなかったし、帰国日時が決まっているわけでもなかった。何となく、おれたちは行動をともにするようになった。日本の満員電車がファーストクラスに思えるような超満員の電車に押し込められたり、酒を飲んだり、ラリッたり、同じタイミングで腹を立たり、腹を下たり、伸び放題のヒゲ面と現地で購入したラフな格好で、自由奔放にインドをめぐったのだった。

つづく
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"Study for a Running Dog"


「走る犬のための習作」
フランシス・ベーコン1954年

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