「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」

マハトマ・ガンジー

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「不死鳥の灰」
♯42~46

本を読んでいるうちに、その本に書いてある言葉を使いたくなることがありますよね。しかし往々にして、聞いている方はイラッとする。なぜだろう。


書くこと、賭けること 寿

まえがき 

♯1~♯9まとめ 

♯10~♯14まとめ

♯15~♯19まとめ

♯20~♯24まとめ 

♯25~♯29まとめ
 

♯30~♯41まとめ

  


 眠れない。大き目のグラスに氷を入れて、バランタインファイネストをどぷんと注ぎ、同量のサントリーの天然水を入れて飲み干した。歯を磨いて、ベッドに入る。眠いはずなのに、眠れない。

 ここは古典的に、羊の数を数えてみよう。いざ、ひつじん。何だこのくだらない思考は……
 ダメだ。ベッドから起き上がり、グラスに氷を入れてバランタインを注いだ。指でくるくると氷を回し、口に近づける。
 
 楽になりたいという気持ちが 、楽になれない主要因だった。会いたいという気持ちが不快だということに初めて気づいた。その気持ちはひとりでいるときに発生する。会いたかった人といるときは発生しない。すでに会っているからだ。つまり、会いたいという気持ちを解消するには、その気持ちにピンポイントにマッチする他者が必要で、しかしその他者に会った瞬間に、会いたかった自分は消えてしまう。消えたはずの気持ちは、その第三者がいなくなった後で復活する。終わりがない。
 ゆえに、永遠の愛を誓えない。誓ったとしても、守れない。人間の感情の設計ミスだ。もちろん、神の意志すら感じるこの設計ミスのおかげで、人類が子々孫々と種を保存し続けてきたのは事実だろう。
 能弁な自意識も、クソめんどくせえ、という苛立ちも、久しぶりだった。中学生のような不安。もてあます感情。アルコールがそれらを回す。ぐるぐる回す。ぐるぐる回っている。
 白取絵美にしょうもないラインスタンプを送った。無論、既読マークはつかなかった。

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 午前3時。ノートパソコンを開く。エロ動画を探している間、時は加速する。ズバビタのAV女優を発見し、興奮さめやらぬ頭で考える。誰に似てるんだろう?
 そんなことどうでもいいだろ。さっさと抜いて寝よう、と思うものの、ダメだ。……またぞろ脳内の迷宮に迷い込んでしまう。
 加速した時が、間延びをはじめる。ハナビという台で熱いのは遅れで、大花火は間延びだった。ハナビの場合、テロロリンというスタート音が、ンテロロリン、と一拍遅れると、チェリーオアボーナス。熱い。大花火は、テロロリンというスタート音が、テロンリンという感じで間延びすると、チェリーオアビッグ。激熱である。
 おれは、こんな夜中に下半身をむき出しにして、いったい何をしてるのだろう?

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 気づくと外が明るかった。朝である。少しは寝たのか。それとも寝ていないのか。よくわからなかった。シャワーを浴び、コーヒーを飲んで、仕事へ出発。頭が働かない。一晩のうちに脳みそがカニみそになった感じだった。カニに敬礼。
 コンビニでレッドブルを購入。レッドブル、翼を授ける。一気に飲み干して、ゴミ箱にシュート。外れる。拾い直して、ゴミ箱に入れる。世界がいやにまぶしい。眠い。しんどい。頭がスッカスカだった。脳の代わりにふ菓子が入っているよう。ふ菓子に幸あれ。
 胸の中で渦巻くのは、心配と、不安と、疑念だった。スロットの上に長財布を置いて食事休憩に行くような心配。設定6予想なのだけど、しかし小役の数値がめっちゃ悪いという不安。本当に設定6が入ってるのか? という疑念。そのミックス。負、負、負の感情。ふふふふふ。

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 店について、ほどほどにダサい制服に着替え、ハンディカバーを腰にまいてハンディを挿入すると、少し気持ちが落ち着いた。
「おはようございます」同僚に声をかけ、仕事、開始。
 こまめに掃除。常に開店時の店の状態を保つ。客に呼ばれ、注文を受ける。料理を運ぶ。こまめに掃除。客に呼ばれ、注文を受ける。料理を運ぶ。きびきびと、笑顔をたやさず、ただひたすらに。

 あっという間にランチタイムが終わり、まかないを食べ、少し眠った。目覚めると、ふっきれた自分がいた。
 そう、原理原則に戻ればいいだけだった。10年近く前、初代GAROを中心に打っていた頃、継続率82%の確変が5連続で2連で終わったことがあった。その1週間の最高連チャン数は6で、おれは30万近く負けた。18%を5回連続で引く確率は0.01889568%。分数にすると1/5292くらい。

 よくあるわけではないけれど、確率の世界では起き得る話。自分でどうこうできる問題ではない。運が悪かっただけだ。運否天賦もおれの責任。その店のガロがおかしかった、遠隔操作が行われていた。そう考えることも可能だ。ただその場合、その店で勝つことはハナからできないのだから、つまりはその店で打った自分が悪い。思い通りにならないからといって暴挙に出ても、自分の心を傷つけるだけだ。台パンは、自傷行為なのだ。ルールを吟味し、勝算があって、初めて打つ理由になる。
 人と人の関係は、人と機種の関係とは趣が違うが、マインドセットは変わらない。欠損の数を数えても意味がない。甘えない。人のせいにしない。自分のできることをする。ずっとそうして生きてきたのだ。

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 午後も精力的に動く。ウェイターの立場から、店をマネージする感覚で働く。客が求めるのは何か。足りないものは何か。動線は確保できているか。汚れはないか。接客のシステム、店のシステムを自分のものにするためには、給金以上、マニュアル以上の仕事をするしかない。それはある意味で等価交換以上の取引だ。金をもらいながら学ぶ。どんなところからでも人間は学べるということを、おれはパチ屋で学んだ。


0 study after velázquez 1950



 白取絵美からの連絡が途絶えたまま、1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎた。働きぶりが評価されて、バイトの時給が950円まで上がっていた。月収が18万を超えた。異例のスピードだよ、と店長は言うが、まったくもってどうでもいい。今のおれでは全然足りない。知識も経験も。求める水準には達していない。

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 願望がかなわない理由はひとつ。人間の能力の問題である。人間は一般的に、受信能力と送信能力に差がある。受信能力だけを取ってみれば、ほとんど漏れなく天才である。自分の目で見て、耳で聴いて、鼻で嗅いで、口で味わって、手に触れて、いいか悪いかを判断できる。これは生まれながらに備わった天与の才能だ。
 送信能力は違う。言語にしろ、習慣にしろ、法則にしろ、文字通り1から学ばなくてはいけない。環境という問題もある。教わる相手の問題もある。飲み込みの早さ、性格という初期設定の問題もある。自分はこうしたい、という願望だけでは何ともならないのだ。センサーはあるのに、センスがないというのは、送信能力の欠如に拠る。というより、送信能力と受信能力の齟齬に拠る。
 
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 受信能力の優秀さゆえに、似たようなものは判断の前に除外される。誰の目にも明らかなのは、極端なものだ。飲食店でいえば、激辛ラーメン。にんにく。パクチーの専門店。それらは単純に、プレゼンテーションとして強い。待ちを狭く取ってリピーターに期待するのか、待ちを広く取って一見に期待するのか。期待値の行方。無から1を作り出せる人間は存在しない。受信したものを、送信に変える。消化。オリジナリティはその一点に集約される。
 セントラルキッチン方式(現場では調理せずに時間を短縮し、味のばらつきをなくす)というアイディアを模倣することで広がったファミリーレストランビジネスは、価格競争の末に、既得権益がほぼ固定されてしまった。ガスト、サイゼリア、ジョイフル。おれが働いているのはミドルクラス向けだから、そこそこの値段がする。そこそこの味。そこそこの接客。それは学びの入り口としては最適だったが、奥行きに欠けていた。おれは店長にアルバイトを辞める旨を伝えた。
「そうですか。残念です」と店長は言った。

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 バイト最終日の後、送別会をしよう、と店長が言ってくれた。参加したのは山下宍道とおれだけだった。おれと店長の人望のなさに乾杯。店長はその席で、ひたすら飲食業界に対する文句をつぶやいていた。離職率の高さ、慢性的な人手不足のしわ寄せとしての長時間労働、客というモンスターとの争い、サラリーマンの悲哀。それはもはや呪詛だった。
「君みたいに意識の高い人間がいてくれると、楽なんだけどねえ。ほんと、社員にならない?」
 2歳年長の店長の問いかけに、首を横に振った。
「だよねえ」
 1軒目の居酒屋を出たのが20時半。店長は奥さんに怒られるから、という理由で帰っていった。
「ごちそうさまでした」と頭を下げた。
「永里くん、がんばってね」店長は最後にそう言った。「おまえががんばれ」と思ったが、口には出さず、笑顔で見送った。

「どーします?」山下は言った。
「帰るか」
「もう少し飲みましょうよ。最後なんだし」
 ぞんざいな物言いだが嫌な気分はしない。送信能力だな、と思う。
 特に思い浮かばなかったので、白取絵美と出会ったBARの扉を開け、アイラモルトで乾杯した。
「何すか、これ、マジうまいんすけど」
「初見でこれをストレートで飲んでうまいって才能あるな」褒め称えるように言った。
「いや、マジうまいっす」

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「最近何か楽しい本ありますか?」
「最近はマーケティングとか経済の本しか読んでないな」
「マジでひとりで起業するんすか?」
「うん」
「勝算はあるんすか?」
「なかったらやらない」
「でも、この先、確実に人口が減るじゃないですか。当然、パイも減りますよね」
「そりゃそうだよ」
「じゃあ、ジリ貧じゃないすか」
「それは右肩上がりの成長とかを目標にした場合だろ」
「違うんすか?」
「全然違う。おれはおれが生きていければいい」
「現状維持ってことですか? それ逆に難しくないすか?」
「株式会社って、出発点が大航海時代の『胡椒を持って船が帰ってこれるかどうかに金を賭ける』っていうギャンブルで、市場が拡大するにしたがって、成長そのものが成立条件になっていった」
「はい」
「たぶん、世界中で名門と言われた会社の粉飾決済やら数値詐称やら不祥事が噴出してるのは、成長を組み込んだシステムが時代に合わなくなってきたんだよ。経済は人口と空間によって規定される。空間が有限の以上、人口の増加には限度がある。それにくわえて情報の価値が激変してしまった。これまでの蓄積が、無とは言わないまでも、地に落ちた。目の前のカスタマーを喜ばそうとする地味で効果の見えにくい仕事よりも、数値をイジる方が簡単だろ。偽装された数値とされてない数値の違いがぱっと見にはわからないのだから」
「ところどころ意味わかんないすけど、何か、そんなような気がしてきました」と言って山下は笑った。「水は低きに流れ、人は易きに流れるってやつっすかねえ」
 何を勧めても、山下はうまいうまいと言ってうまそうに飲むので、どんどん飲ませた。こういう客がいれば、店としてはありがたいな、と思う。が、こればかりは客の資質である。客の才覚に依存するのは戦略ではない。

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「でも、成長なしで、何を目標にするんですか?」
「人間の差し出せる最強のものは何か」酔いのせいか、山下のせいか、思ってもみなかった言葉が口から出た。「最終的には信用しかないと思うんよね」
「信用はお金よりも強いですか?」
「強さの種類は違うけど、最終的な拠り所という意味では強いと思う」
「でも、クレジットって、ラテン語? 英語? 信用って意味ですよね。クレジットカード会社は金を担保にしてるじゃないですか。要は近代化って、人と人とのコミュニケーションの軸が信用じゃなくて金というか、金が代替する価値に変わったってことですよね」
「それだけに、金だけじゃねえってことを明確に主張できる人間には優位性が宿ると思う。おれは永里蓮だ。おまえは誰だ? 何ならタダで飲んでけよっていう店があれば最強じゃね?」
「そんなの無理でしょ」
「店の利益をあげなければいけないとか、成長を前提にしたら無理だけど、たとえば、自腹を切ってる。切る覚悟がある。ってのを伝える技術さえあれば、ひとりだったら何とかなると思うんだよ。パトロンがいてもいいし、物々交換でもいいし、情報との交換でもいいし、皿洗いをしてくれるやつがいたり、宣伝してくれるやつがいたり。個々人によって差し出すもののクオリティが違ってもいい」
「ああ、ニコニコ動画みたいに、有料会員が無料会員を支えるみたいなシステムもありますね」山下はうんうんと二度うなずいた。「面白いっすね。こういう話」

 気分よくしゃべり続け、気づくと閉店の時間になっていた。AM3:00。支払いを済まし、外に出た。
「ごちそうさまです」山下は言う。
「うん。気をつけて帰れよ」
「もう少し飲みませんか。次の店はおれが出すんで」
「いいけど、どこで?」
「ちょっと歩くけど、8時までやってる居酒屋があるんすよ。そこでいいすか」
「いいよ」
 人通りのない真夜中の道を歩いていくと、急激に酔いが回ってきた。頭がクラクラする。……ダメだ。おれは足を止めて、言った。「やっぱやめとくわ」
「マジっすか」
「ごめんな」
「あの、今日はごちそうさまでした。また飲みましょう」
「わかった」

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 手を振って山下宍道と別れ、今来た道を戻っていく。酒弱くなったなあ。……駅前のパチ屋の前に人が座り込んでいて、ぎょっとした。開店7時間前に並ぶイベント?
「明日熱いんすか?」酔った勢いとぎょっとした勢いが合体してしゃべりかけていた。
「熱いといいなと思って」フードをかぶった男は言った。
「頑張ってください」おれは言って、その場を離れようとした。
「あの」フード男はおれを呼び止めて言った。「もしよかったら一緒に並びません?」
「はい?」
「明日絶対勝てるスロットがあるんですけど、いざ並んでみたら心細くて」
「設定が入る根拠は?」おれは言う。
「この店の副店長が打ち子を何人か雇ってるんすよ。それで、明日打ち子に頼む台を横取りしてやろうと思って」
「打ち子に打つ台を指定するのって、普通朝じゃない? 夜の時点で教えて漏洩するリスクおかすとかアホじゃね?」
「アホなんすよ」
「で、君は打ち子の友達か何かなの?」
「まあそんな感じです」
「なあ、ちょっと計算してみたほうがいいよ。現役の機種で最も割のいい台で119%、その台を取れて勝てる金ってせいぜい10万。負ける可能性すらある。想定できる勝ち金と、夜中から並んだ上で負けるリスク、君がこの店に来られなくなる損失を天秤にかけたらそこまでおいしい話じゃないよね。君がここで並んでるのを見たその副店長が設定を打ち替えちゃう可能性もあるし」
「……お兄さん、詳しいっすね」
「それに、君の友達は? 友人関係も崩れるよね」
「監禁してます」フード男はいたって冷静な口調でとんでもないことを言った。
「犯罪者じゃん」おれはふざけた口調で言う。「おまわりさーん」
「やめてください」
「引き返せる時点で引き返したほうがいいよ。じゃあね」
「……」
 フード男は無言で立ち上がり、ポケットから切れ味の悪そうなナイフを取り出した。……スロット打ちじゃなくてテロリストだったか。変なやつに声をかけてしまったな、と反省する。さて、どうすっか。

つづく
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Francis Bacon" Study after Velázquez"

「ベラスケス後の習作」
フランシス・ベーコン 1950年

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