「わたしは不幸だ」という言葉は理解できない、なぜなら本当に不幸な人間には「わたしは不幸だ」とは書けないからだ。フランツ・カフカ

1ベーコン_走る犬のための習作 - コピー
「不死鳥の灰」
♯51 back to the past

まえがき 
    

スロ小説とは何か? 

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 おそらくは、神戸、須磨海岸からはじまるその文章は、おれという一人称で書かれていた。気恥ずかしくなるような氷野との日常があって、義父さん(当時のおれはぎふさんと呼んでいた)の会社がつぶれることを告げられ、元服だと言ってXYZを飲ませてもらった後、義父から300万円を受け取り、逃げるように東京に向かう。まるでおれの記憶を剽窃したような文章だった。おれはパチンコを覚え、そして、スロットを覚える。そう。記憶のままだった。
 しかし、この綾香という人物がわからない。おれには幼なじみなんていない。誰がおれの人生にこんな登場人物を書き加えたのだろう?
 読み進めていくうちに、文中のおれは綾香という幼なじみと再会を果たす。綾香は言う。
「私の名前は白取亜美」と。

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 物語は、「氷野アキか、水沼綾香か。どちらかを選べ」と母親に言われ、どちらをも選ばずに、おれが自殺するところで終わっていた。主人公はたぶん、それが最善の策だと信じたのだ。読んでいるおれが同じ状況になっても、同じことをするような気がする。
 記憶にあることと、記憶にないこと。おれは混乱していた。疑念。戸惑い。感傷。色んな感情で渋滞していた。それだけじゃない。300万を手にはじめた新しい生活。忘れられない女性。今の状況とも酷似していた。おれは人生をくりかえしているのだろうか? それとも誰かの操る糸で動かされているのだろうか?

 そういえば、牙大王がこんなことを言っていた。
「その傷を持つ人間は逃れられない。時空移転装置みたいなものです。何をしていても、過去のある地点に戻ってしまう仕掛けなんです」

 コピー用紙の束をトントン、と揃えて獣王の筐体の中に収め、シャワーを浴び、ひげを剃って真新しい服に着替え、外に出た。電車を乗り継いで東京駅に向かい、東海道新幹線の自由席のチケットを買って、やって来たのぞみに乗車した。
 新幹線内を巡回する販売員からプレミアムモルツを買った。ビールを飲みながら、流れていく景色を見つめた。田園風景があり、郊外の景色があり、住宅街があり、街がやってくる。それがくりかえされる。気づくとおれは眠っていた。

 京都を過ぎた頃、目が覚めた。外はすでに暗かった。まもなく新大阪、トントン拍子に新神戸に到着。
 駅に降りると懐かしい香りがした。が、その源がどこかはわからなかった。記憶力よりも、嗅覚のほうが鋭敏ということか。
 タケに電話をしてみたが、つながらない。8コール鳴らして切った後、再び電話をしてみるも、つながらない。次は6コールで切った。
 勢いで来てしまったものの、タケと氷野に会えなければ来た意味がない。氷野の連絡先は知らない。おれは新幹線のホームにあるベンチに腰をかけ、空を仰いだ。

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「久しぶりやな」
 いつの間にか隣に座っていた男が言った。
「誰?」
 →↑こういう発音で、誰? と言った後、不審の目でおれは男を見た。
「忘れたってことはないやろ」男は言う。
 まじまじと見ても、わからなかった。
「おれ、おれ、おれやって」
「誰? マジでわからん」
「ヒント出そか? イチ、おまえより年上やな。ニ、これ言ったらバレるかな。元、バスケ部エース。サン……」
「ミキモトさん?」
「ベンゴー」男はやたらとテンションの高い言い方でビンゴと言った。
「……は? ミキモトは死んだやろ」
「うん」
「ほな誰?」
「だからミキモトさんやって」
「いつからおったん?」
「ずっとおったで。君のそばにずーっとおった」
「意味わからん」
「何で死んだはずの人間と喋れてるか教えたろか? 自分、今、死にかけてんで」
「は?」
「君はよう頑張った」
「何を?」
「君のことを恨んどうやつは他にもおるし、そいつらの恨みを一身に背負ってようやったわ。いや、ようやったほうや思うで。もうええんちゃう?」
「知らん。てか、人違いじゃないですか?」
「そんなん言うなやあ。さみしいやんけ。おれ、おまえにトリツイテルねんで」
「いつから?」
「ずっと」
「何で?」
「恨みのパワーやん」
「意味わからん。だいたい恨まれることしてへんし。してたとしても、お門違いやし。つうかはよ去ねや。クソが。人間のカスが」
「口わるっ。そんな口悪い子やったっけ自分。おれ、いちよ先輩やぞ」
「人生経験はおれのが長いやろ100パー。あんた十代でいってもうてるやん。四捨五入したらおれ40やで?」
「ついでに死者も誤入したってや」
「くだらんこと言うな。ハゲ」
「……ハゲてへんし」

つづく
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"Study for a Running Dog"


「走る犬のための習作」
フランシス・ベーコン1954年


スロ小説第四弾「XYZ 

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