「わたしは不幸だ」という言葉は理解できない、なぜなら本当に不幸な人間には「わたしは不幸だ」とは書けないからだ。フランツ・カフカ

1ベーコン_走る犬のための習作 - コピー
「不死鳥の灰」
♯52 to the sea

まえがき 
    

スロ小説とは何か? 

スロ小説の年表    


「久しぶりにこっちの言葉使ったからゆうて、何言うてもええ思てるやろ、自分」ミキモトは言った。「おれがおまえの問題の核心ついたろか。おまえ、何で、アキのとこいかんかったん?」
「……」
「死んだって聞かされてたからやろ。ほんで、生きとうことを知ったときには昔のツレの嫁になっとった。でもそんなもん知るかボケェ言うたったらよかったやん。旦那? 知らん。息子? 知らん。会いたくてマナーモードみたいになっとるんやったら会いに行ったらええねん。それもできんとウジウジしとる。それはダサいやろ、おまえ。超ダサいで」
「それは否めん」
「認めんの?」
「認める」おれは言う。「けど、おまえを認めることはできない」

       777

 おれは立ち上がり、エスカレーターに乗り、改札を抜け、電車を乗り換えて、海を目指した。コピー用紙に書かれた物語のはじまりの場所ではあったが、夜の海は黒々として、別世界のようだった。
「……まだおったん?」
「まだっていうか、ずーっとおるよ」
「いつまでおるん?」
「さあ。おれに言われても」
「なあ、ミキモトさん」
「ん?」
「あんた、めっちゃモテとったやん。何が不満やったん?」
「それな、まっとうな質問や思うけどな、その質問に答えられるやつは死んでへんねん。理路が整然としてたら死ねへん。判断能力が十全に機能しとったら死なれへん」
「心神喪失状態につき、無罪」おれは言う。「それは汚いやろ」
 小さな波がやって来る。すーっと引いていく。
「永里蓮、今、おまえ何歳やった?」
「35歳」
「おれは思うけど、人間はただ生きてるだけですごいことや思うで。何を成しても、成さなくても、人間が何十年もそのシステムを維持するだけですごいことやわ」
「……ミキモト、日本人の平均寿命いくつや思う?」
「疑問を持たんで生きとうやつは別やで。疑問を持ちつつそれでも生きるって決めたんやろ。すごいことやん」
「慰めてもらわんでええわ」
「いや。はよ死んだらええのにって思てるよ。くくく。生命体はしぶといわ」

       777

「いたっ」ミキモトはすっとんきょうな声をあげた。「何するん」
「いや、叩けるんかな、と思って」
「おまえ、怨霊引っぱたくってどんな感性しとんねん」
「怨霊なん?」おれは笑う。
「怨霊やろ。どう見ても」
「自分で自分の姿見たことあるん?」
 ミキモトは首を横に振る。「ないよ」
「おまえ、腹の突き出たおっさんやで。昔はスマートやったのになあ」
「そうなんや」と言った後で、ミキモトは笑い出した。「おれずっと貴公子的なふるまいをしてたわ」

つづく
にほんブログ村 スロットブログへ     
 

タイトルバック

"Study for a Running Dog"


「走る犬のための習作」
フランシス・ベーコン1954年


♯53へGO!