「わたしは不幸だ」という言葉は理解できない、なぜなら本当に不幸な人間には「わたしは不幸だ」とは書けないからだ。フランツ・カフカ
「不死鳥の灰」
♯50 story writer
まえがき
スロ小説とは何か?
スロ小説の年表
山下を家まで送り(デカい家だった)、部屋に帰ってきて、腕を組む。さて、どうすっか?
バイトをしたおかげで、スペシャリストとは言えないまでも、接客における姿勢、心構えは身についた。次は漠然と、山崎が次につくる店の構想段階から、学ばせてもらおうと思っていた。だけど、そんなことをしている場合ではないような気がする。何かを忘れているような……とりあえず、珈琲でも飲むか。
お湯を沸かしている間にキリマンジャロをミルで挽き、コーヒープレスに落とす。少量のお湯を注いで少し蒸らし、一気に湯を投入、ふたをはめ、数分待って、金属フィルターをじじじとおろし、できあがり。
ほろ苦い珈琲を飲んでいるうちに、獣王の筐体が目に入った。ここで起動させたらうるせえだろうな、と思いつつ、ドアキーを回す。
筐体の中に入っていたのは、コピー用紙の束だった。
感謝。
おそらくは類のものだろう筆致の後に、こんな文章が続いていた。
記憶が波のように、寄せては返す波のように揺れていた。
ゆるやかな波が行ったり来たり。巨大な橋の向こうには緑色の島が霞んでいる。その緑はほとんど黒に近い。おれは横になり、学ランの胸ポケットからクールマイルドを取り出し火をつけた。煙が灰色の雲を目指してするすると立ち昇り、しかし煙のあまりにも淡いその願望はすぐに風にさらわれ見えなくなる。空気と混じり、消えていく。
「こらあ、未成年。喫煙、及び授業のサボタージュ。そんなんしてると禁固三年に処されんで」
寝たままの姿勢で仰ぎ見ると、ハルタの茶色のローファーが、ラルフローレンの紺色のハイソックスが、この街の女子にしては短い部類に入る膝丈の黒いスカートが飛び込んできた。
「サボタージュて」体勢を起こしながらおれは言う。「破壊活動って意味やねんで」
「じゃあボイコット?」
「それならええわ」
「ええんや。なあ、うちも横、座っていい?」
「パンツ汚れんで」
「もうあんたにじゅーぶん汚されとう」
「ああそう」
「なー、蓮、かまえやー」
「ああ」
「なあ、て。うちにもタバコちょーだい」
「あかん」
「何で?」
「女はタバコ吸わん方がええねん」
「差別や差別」
「そうや。男は差別したがる生き物やねんぞ」
「泣くで」
「泣けや」
「……」
「ホンマに泣くか? 女優か、おまえは。ほら」
「サンキュー」
氷野は猿みたいに口を尖らして、いかにも美味そうにタバコを吸った。
……何だこれ?
つづく
タイトルバック
"Study for a Running Dog"
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