神を見たものは死ぬ。言葉の中で言葉に生命を与えたものは死ぬ。言葉とはこの死の生命なのだ。それは「死がもたらし、死のうちで保たれる生命」なのだ。驚嘆すべき力。何かがそこにあった。そしていまはもうない。何かが消え去った。

モーリス・ブランショ 「La part du feu」3ベーコン_人物像習作 II
「不死鳥の灰」
♯40 the lotus blooms in eternal village

まえがき 
    

スロ小説とは何か? 

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 仕事終わりで山崎に食事に誘われる。夜勤中の白取絵美にラインを送ると、浮気ですか? という返信があったので、高校の同級生(既婚女性)とご飯を食べるのは浮気ですか? と返したところ、返信がない。
 まあいい。おごられる気まんまんで山崎の待つ銀座に向かう。山崎が指定したのは、並木通りに面したリストランテだった。
 デザイナーの手が入ったであろう瀟洒な店内に入ると、見渡しのよさそうな席で手を振る山崎の姿があった。
「お待たせしました」おれは言った。
「お疲れ~」
「旦那さんは?」
「仕事残ってるからって帰った」
「仕事って?」
「日本文学の研究、および翻訳。完全にワーカホリックなのよねえ」
「……ワーカホリックっておまえもだろ。毎日毎日飲み歩いて。いい加減にしないと、肝臓壊すぞ」
「ご忠告痛み入ります。で、どうしてアルバイトをはじめる気になったの?」
「長くなるけど」おれは言う。「その前に飲み物頼んでもいい?」
「どうぞ」
「何飲んでんの?」
「ハウスのスプマンテ」
「じゃあ同じものを」
 山崎が目線で店員を呼び、注文した。ほどなくして、スプマンテが届く。
『乾杯』

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「で、何でバイトしてるの? 飲食で働きたいなら、もう少し条件のいいところを紹介できるのに」
「けっこうです」
「でも、永里が飲食とかイメージないけど」
「パチ屋でしか過ごしてない人間が何ができるかって考えたときに、まったく知らない世界に行くのは難しいと思った」
「ふむふむ」と山崎はうなずいた。「聞かせて」
「正直、自分でもうまく言えないんだけど、スロッターと親和性が高いのは接客業だと思ったんよ。パチ屋の店員もコーヒーの売り子も、接客業だろ。客は客でも、スロット生活者は接客をする方とされる方、どちらでもない位置で見つめてきたわけだから」
「でも、接客って色々あるでしょ。何でファミレス?」
「スロット終わりで開いてるとこって限られるじゃん。今のところが一番接客よかったんだよね」
「それだけの理由?」
「だから、うまく言えないんだけど、何だろ。たぶん、おれは優位性のあるなしでしか物事を判断できないしょぼい人間なんだよ」
「珍しい」山崎は笑う。「自分を卑下する永里蓮」
「自分の能力の限界を広げようとする、または限界を競うってのが夢を追うって感じじゃない?」
「だけど、それはギャンブルだよね」
「うん」
「スロットはやめちゃうの?」
「やめる」
「どうして?」
「どうして……どうしてだろな」
「バイトをしばらく続けるの?」
「しばらく続けるっていうか、この道で生きていこうとしてる」
「本気?」
「うん」
「どこに優位性があったの?」
「同業者には教えられないな」
「同業者?」びっくりした顔で山崎は言った。
「おまえはどうして店をつくろうと思ったの?」
「目印が欲しかった。この世界に、ひとつでも、明かりになるような場所が」
「おれとは全然違うな」おれはそう言って、スプマンテを飲み干した。

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 お代わりをもらう。香りのいいオイルがたっぷりかかったモッツァレラチーズを食み、食道を洗うようにスプマンテを飲んだ。
「どこかにとっかりはあったんでしょ? あんたの言葉で言う期待値とか優位性ってのが」
「スロッターのサガっつうか、おれは自分が生き残ることしか考えられない。人を雇うとか興味ないし。接客つっても、クソな客はいらないし。正直、売りもんも何でもいい」
「逆だと思うよ」山崎は強い口調で言った。「何を売るか、何を売りたいかがあって、初めてコンセプトが決まる」
「違うんだって」おれは首を振る。「おれは集団じゃなくて個人だから、状況に先んじてスキルが必要なんだ。ガワさえあれば、中身なんて何でもいいんだよ」
「そういうことね」山崎はスプマンテを飲んで、一息ついた。「永里がしたいのは、商品だったり、空間だったり、いわゆるお店をつくりたいんじゃなくて、永里蓮を商売道具にしたいんでしょ? スロットと同じで」
「そう。『エターナル・ヴィレッジ計画』まずは、接客に慣れるところからはじめて、外堀を埋めていく。で、10年後くらいに店を持てればいいかな」
「The lotus blooms in eternal village」あきれたように山崎は言った。「蓮、永里。あんたどれだけ自分の名前好きなの?」

つづく
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Francis Bacon"Figure Study 2"

「人物像習作2」

フランシス・ベーコン 1946年   





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