神を見たものは死ぬ。言葉の中で言葉に生命を与えたものは死ぬ。言葉とはこの死の生命なのだ。それは「死がもたらし、死のうちで保たれる生命」なのだ。驚嘆すべき力。何かがそこにあった。そしていまはもうない。何かが消え去った。

モーリス・ブランショ 「La part du feu」

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「不死鳥の灰」
♯34 open your eyes

まえがき 
    

スロ小説とは何か? 

スロ小説の年表   


 電話が鳴っていた。電話の向こうの機械的な口調の誰かは、桜井さんが亡くなったことを告げていた。
「それと、黄泉も死にました。彼の奥さんと、彼の弟子もともに」
「……それを聞いて、おれは何を言えばいいんですか?」
「今からあなたにお伝えするのは、桜井時生の遺言です。いいですか?」
「……」
「『組織はもうない。おまえは自由だ』以上です」
「すいませんあの」おれは言った。「田所類はどうしてますか?」
「誰ですか? それは」
「……そうですか」

 パチ屋までの道すがら、桜の木のつぼみが膨らみつつあるのを発見した。まだまだ寒いが、季節は着実に進んでいる。その事実がどこか物悲しかった。
 パチ屋に到着すると、いつもの店員がいつもと寸分たがわぬ角度で頭を下げた。「いらっしゃいませ」
 軽く会釈をして、店内を散策し、宵越しの打てそうな台に座って、打ち始める。
 コインを入れる。レバーを叩く。ストップボタンをとめる。
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 誰がどういう手段を使ったかはわからないが、黄泉が死んだ。おばさんが死んだ。牙も死んだ。桜井さんも。そして、おそらくは、類も。何かがはじまり、何かが終わったのだ。おれの知らないところで。

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 自由というのは、監視がつかないということだろう。パチ屋に通う生活をやめてもいいということだ。たぶん。

       777

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 もう、いいや。5台打ったところでやめて、貯メダルを全部引き出して換金した。もう、いいよな。その足で、会員になっていたすべてのパチ屋を回り、貯メダルを引き出した。手持ちの金を入れると、300万くらいになった。ポケットがパンパン。スマートフォンを手に考える。
「これからどうする?」
 まるで思いつかなかった。アイワナビーフリー。みたいなことを思ったこともあった。しかし実際にフリーになってみると、何をしてもいいという不自由が襲い掛かってくるのでした。

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 気づくと総武線に乗っていた。しばらく電車に揺られ、乗り換え、自衛隊の駐屯地に程近い私鉄の駅で下車。
 駅を離れ、住宅街に入ると、懐かしい香りに胸が締めつけられた。体の内部に刻まれていた記憶。が、匂いの発生源は不明。
 コウ先生は、昔ながらの日本家屋に住んでいた。門構えがあって、瓦屋根の立派な平屋。離れに道場があり、そこで個人的なレッスンを受けていたのだった。
 チャイムを鳴らすと、コウ先生の奥さんらしき人が出た。
「あの、蓮です」
「蓮くんってあの蓮くん?」
「はい。永里蓮です」
「久しぶりね。ちょっと待ってて」
 コウ先生の奥さんは、髪が真っ白になっていた。
「彼は今、寝たきりなのよ」コウ先生の奥さんはそう言って、寝室に案内してくれた。
「寛治か?」先生はおれではなく、類の父ちゃんの名前を言った。
「先生」おれは言う。「おれです。蓮です」
「寛治。強くなったな」
「……弱くなりましたよ」
「欠けることによって完成する。そんな武器がある」先生は言った。「マタイによる福音書の10章にはこういう記述がある。『身を殺して霊魂たましいをころし得ぬ者どもをおそるな、身と霊魂たましいとをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ』と。寛治。わたしはゲヘナにて待つ。おまえは以後、黄泉ではなく、田所げせなを名乗れ」
 意味がさっぱりわからなかったが、先生はそう言ったきり、眠ってしまった。コウ先生の奥さんに挨拶をして帰ろうとすると、コウ先生の奥さんは言った。
「彼の言った福音書の前段にはこういう文言があるのよ。『わたしが暗がりで話すことを、明るい場所で言え』と」

つづく
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マタイ伝10章28は太宰治「トカトントン」に拠った。


タイトルバック

Francis Bacon"Three Studies for Figures at the Bace of a Crucifixion"

「磔刑の基部にいる人物のための3つの習作」
フランシス・ベーコン 1944年


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