いまや人間はじぶんが偶発事であり、意味のない存在であり、理由もなく最後までゲームをやりとげねばならないことを実感しているのだ。

フランシス・ベーコン

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「不死鳥の灰」
♯17 4x

まえがき 
  

スロ小説とは何か? 

スロ小説の年表 
 


 獣王のリール始動音で目が覚めた。
「おはよう」トウマのあいさつに、類は「今、何時だ?」と返す。
「午前11時だよ」
「俺はどれくらい寝てた?」
「そうだね。15時間は寝たんじゃない」
「そうか。高崎さんは?」
「もちろん帰ったよ」
「親父とかーちゃんと牙は?」
「遺体をここには置いておけないでしょ。組織のうちうちで荼毘(だび)に付されるって。遺骨は遺灰にして後で届けるって言ってた」
「……俺は何をしてた?」
「意識を失ってた」
「そうか」
「ごめんね」トウマは頭を下げた。
「何で謝るんだ?」
「僕のせいで、体力の消耗(しょうもう)が激しくて」
「いまさら何を言ってんだよ」
「ありがとう」
「つうか、なあトウマ、俺は何をすべきなんだ?」
「仲間を集めないと。騎士だけに」
「くだらねえこと言ってんじゃねえよ」
「安心して。仲間といっても、そんなにたくさんいない。僕のことを知覚している人間は31人のクラスメイト中、2人しかなかったんだから」
「ひとりは山田克己だろ」
「イエス」
「もうひとりは?」
「土田孔明くん」
「……マジか」
「しょうがないよね。その二人しか僕のことを覚えてなかったんだから」
「おまえのことを覚えてるとどうなるんだ?」
「13歳の記憶というのは普通、封印される」
「何で?」
「それを代償に、人間は大人になるんだよ。よく言われる喩(たと)えだけど、13歳から15歳くらいの時期は、蝶で言えば成体に変態するための蛹(さなぎ)のようなもので、その期間にものすごいエネルギーを蓄(たくわ)える。記憶というのは、そのエネルギーの残滓(ざんし)に過ぎない。けど、僕は違う。そのエネルギーを丸々保持している。それでも、僕を知らない人にはそのエネルギーは届かない」
「意味わからん」類は困ったような顔で言った。
「僕らはそれぞれ、お互いに罪悪感があるんだよ。負の数を掛けるとどうなるんだっけ?」
「マイナス×マイナス×マイナスは、マイナスだぞ」
「君は算数もできないのかい? 田所類、山田克己、土田孔明、そして、田所当真。マイナスを4回掛ければプラスになる」
「……プラス、ねえ」
 田所当真がレバーを叩き、右からトン、トン、トンとストップボタンを押すと、左リール上段に赤いチェリーがとまってポロロンと台が鳴いた。ちぇ、と舌打ちをした後、類は起き上がる。

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 親が死んでも腹は減る。類はその事実を粛々(しゅくしゅく)と受け止めた。
「なあ、おまえマジで腹減らねえの?」
「うん。その分、君がたくさん食べてくれ」
 類は靴下を履き、ジーンズを穿き、Tシャツ、ドレスシャツ、バーガンディ色のセーターと重ね着し、MA-1風のフライトジャケットをはおると、プラダスポーツのスニーカーを履いて外に出た。
「とりあえず飯食うわ」類は言う。
「もちろん、君の体力事情が僕らの最優先事項だからね」
 ローソンに入り、からあげくんレッド、赤飯おにぎり、ハムサンドと買って食べながらスマホをチェックするが、クロスからの連絡はない。一応、電話をしてみるが、応答がない。事務所に行ってもしょうがないか……。
「どっちから行く?」類は言う。
「どっちって?」
「山田と孔明」
「どっちの方が難しいと思う?」トウマは聞いた。
「難しいって?」
「今してること、仕事も人間関係も、すべてをやめてもらわないといけないからね」トウマはサラッととんでもないことを言った。
「そんなの不可能だろ」
「ねえ田所くん、今、君がいる場所は、片手間で抜け出せるようなところじゃないんだよ。メジャーデビューを義務付けられたフォーピースバンドのリーダーの気概(きがい)で誘わないと」
「何、そのたとえ?」
「何となく」
「孔明はともかく、6年間医大に通って医師免許を取った25歳の男が仕事を辞めるはずないだろ」
「だけど、君はそれをしなければいけない」
「……」
「君のために。そして、僕らのために」
「なあ、トウマ」類は言った。「俺はこの1年でずいぶん色々な人に会った。そして実際に関わり合いを持った。それでわかったのは、人間を動かすには、何かしらのインセンティブが必要ということ」
「インセンティブ?」
「動機付け。人間が行動するには、モチベーションというか、何かしらの報酬が必要なんだ。その内容は人によって違う。人とコミュニケーションができるだけでいい、という人もいれば、金銭しか興味を持てない人もいたり、それでも、すでに行動してる人間の目標を変えるというのは、その目標を上回るようなインセンティブを提示しないと」
「親しい友人の死じゃ、天秤はつりあわない?」
「俺が死んだくらいじゃ何ともならんよね」類は自嘲気味に笑う。
「ぴいぴい喚かないってお母さんに言われてたじゃない」トウマは言う。「君は今、それをしなければいけない。手段は選んでられない。友人の未来? 君の現在よりもそれは大きなものなのかな」
「そりゃそうだろ」
「それでも、君はしなければいけない」
「何を?」
「田所党の再結成を」

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