いまや人間はじぶんが偶発事であり、意味のない存在であり、理由もなく最後までゲームをやりとげねばならないことを実感しているのだ。

フランシス・ベーコン
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「Painting」1946年
フランシス・ベーコン

「不死鳥の灰」
♯15 the beast mode

まえがき 
  


スロ小説とは何か? 

スロ小説の年表  


「戻ってくるたびに思うんだ」田所りんぼは言う。「どうして僕は生きてるんだろう、と。それは死にゆくよりも嫌な気分だ。射精の後の虚無(きょむ)感に、大切な人間が去ってしまったときの寂寥(せきりょう)感、二日酔いのときの吐き気、大金を落としてしまったときの後悔、痒い場所がわからない不快、どうして生まれてきたかを考えるときの茫漠(ぼうばく)、知らない街に連れてこられたときの不安感を足しても足りないくらいに」
「だから?」
「君はさっき、僕のことを悪しきもの、と言ったね。善悪とは何か? 揺れる善悪。裏返る善悪。日本のサブカルチャーは、そんなテーマを一貫して追求してきた」
「だから?」
「ゴジラ、デビルマン、ナウシカ、エヴァンゲリオン。彼らは敗戦から生まれた。我々は、戦争を悪と定義することによって切り離し、金を機軸とする価値に特化することで、繁栄を手に入れた。その歪(ゆが)みの体現として物語はある」
「大きな話をして、問題をすりかえるなよ」
「善悪の話は君がはじめたんだよ。悪とは、相対的なものなのだろうか。それとも、絶対的なものなのだろうか?」
「相対的だろ」類は虚勢(きょせい)を張った。「俺にとっての悪と、おまえにとっての悪が、同じもののはずがない」
「個人の視点から見れば、そうかもしれない。だけど、人類全体で見ればどうだろう? 生物全体で見れば? たとえば、白黒つけるという慣用句は、碁石から来ている。これは、西洋文明の言葉ではない。白い鹿、白い猪、神の化身。古(いにしえ)より、この国では白は聖なる色だった。しかし、白と一口で言ってみても、実に様々な種類がある。日本工業規格によると、296種類の名前がつけられている。が、白黒はっきりさせる、というときの白は、唯一絶対の白がなければ成立しない。そのためには、絶対的な白がある、と仮定しなければいけない。つまり、白が善で、黒が悪と、決めつける必要がある。その意味では、たしかに相対的だ」
「そうやって、結論が出るはずのないことをペラペラとまくしたてることで、混乱させようとしても無駄だ」類は言った。「俺はもともとバカだから、混乱なんかしない」
「混乱させようと思って言っているわけではない。むしろ、理解して欲しくて言ってるんだよ。絶対悪について、福沢諭吉がこんなようなことを言っている。現代語訳と要約は僕がしよう。少し、聞いて欲しい。

 人間の不徳を語る種類の言葉はたくさんあるが、それは、徳を語る言葉にも変化する。『驕傲』は『勇敢』に、『粗野』は『率直』に、『固陋』は、『実着』に、という具合にキリがない。が、絶対的に不徳から徳に転じないものが一つだけある。それが『怨望』という言葉である。


『怨望(えんぼう)』、すなわち、うらみに思う気持ちを指して、福沢はこういう言葉で表現している。

『不善の不善なる者』

『怨望はあたかも衆悪の母のごとく、人間の悪事これによりて生ずべからざるものなし』


つまり、諸悪の根源は、『うらみ』であると言っているんだ。

小林秀雄は、なぜ怨望が悪であるかについて、自発性という言葉を使って説明する。

 『怨望』は、自ら顧(かえり)み、自ら進んで取るという事がない。自発性をまるで失って生きて行く人間の働きは、『働の陰なるもの』であって、そういう人間の心事(しんじ)は、内には私語となって現れ、外には徒党となって現れる他に現れようがない。怨望家の不平は、満足される機がない。自発性を失った心の空洞を満すものは不平しかないし、不平を満足させるには自発性が要るからだ。

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 田所りんぼの話を聞いているうちに、荒れ狂っていた類の精神は不思議と落ち着いていた。
「自発性、自発的でないものが悪だとしても、だからといって、何をしてもいいということにはならない」類は言った。
「そう。戦争は常に善と善の戦いという構図になる。悪を決めつけることは、自らを正当化するための、あるいは敵を定義するための、独善的な善なんだ。生命体は敵がいなければまとまらない。生命は根本的に独善的であり、エゴとエゴ、善と善の戦いは、より力を持つ者が勝利する」
 いつの間にか、田所りんぼの手には、拳銃が握られている。
「ここで、君に選択肢を与えよう。生きるか、死ぬか。君が生きたいというなら、君は両親の汚名をかぶってもらう。君が死ぬというなら、君と君のご両親の名誉は保障しよう」
「あんたそればっかだな。上から見下ろすことしかできない。かわいそうに。死ねない人間。死が開放ではない人生。出口のない迷路。自発性の欠如。あんたは自分で言った絶対悪そのものだ」
「……ふむ」田所りんぼはそう言うと、類に向けていた銃口を自らのこめかみに当て、引き金を引いた。
「裏返る」誰かの声がした。
 そして、渇いた音が、倉庫か工場のような空間に残った。

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参考文献

「学問のすすめ」 福沢諭吉

「生きるヒント」 小林秀雄

「服装の歴史学」 佐多芳彦
 
驕傲(きょうごう) おごりたかぶるという意味
 
固陋(ころう) 頭が固い意