いまや人間はじぶんが偶発事であり、意味のない存在であり、理由もなく最後までゲームをやりとげねばならないことを実感しているのだ。

フランシス・ベーコン
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「Painting」1946年
フランシス・ベーコン

「不死鳥の灰」
♯14 name of the father

まえがき 
  

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「……」息も絶え絶えに母は言った。「類……」
「かーちゃん」
「……」その問いかけに母は答えなかった。答えられなった。
 たった今、母は死んだ。冷静な感覚がそう告げていた。けれど、類の感情は悲鳴をあげていた。一秒前は生きていた。でも、今は死んでいる。
 パニックのさなかで類の脳裏によぎったのは、過去の映像だった。大不幸を経て、中学二年生になって、喧嘩に明け暮れるようになって、類の喋り方は変化していた。そんな折、何かの拍子に、母親に向かってこんなことを言ってしまった。
「おいババア、てめえ、殺すぞ」
 影のような存在感で母の隣にいた父が立ち上がった。
「これからもここで生活したいのであれば、お母さんに謝りなさい」
 記憶にある限り、初めて父に命令された瞬間だった。黙っている類に向けて、父は続けた。「おまえとお母さん、どちらか一人を選ぶなら、おれはお母さんを選ぶ」
 なぜか背筋に冷たいものを感じ、類は「ごめん……」と言ってその場から逃れた。そうだ。俺はかーちゃんに甘えていた。家出をほのめかしたり、ババアと言ったり、殺すぞと言ったり、それはただ、甘えていたのだ。返事を返してもらうだけでよかった。できれば認めてほしかった。それだけだった。その母が、死んだ。
 つうか、親父、どこにいんだよ。どうして俺が生きててかーちゃんが……。なあ、かーちゃんを選ぶんじゃなかったのか?

 と、倉庫か工場を照らしていた明かりが消え、誰かが入ってきた。そんな気配があった。武器を持った男たちの悲鳴のようなものが次々に聞こえた。が、類はただ座っていることしかできなかった。
 これは夢の中なのだろうか? 本当と本当でないことの区別がつかなかった。
 わからないときは動いてはいけない。これはたしかレンくんの言葉だ。わからないときの行動はすべて間違えるのだから。いや、親父か? それともマンガだろうか。わからなかった。
 誰かが類の体を担ぎ上げた。
「すまなかった」類を持ち上げた男はそう言った。
「何が起きてるの?」
「あいつが戻ってきた」
「あいつって誰?」
「……」
「なあ親父」類は言う。「かーちゃんは本当に死んじゃったの?」
「……」
「何で?」
「おれたちは覚悟ができていた。話は後だ。建物の向こうに牙がいる。そこまで急ごう」
 牙。牙大王。非現実的な名前が懐かしかった。父親に担がれながら、類は泣いていた。しかし類の感傷は長くは続かなかった。ふいに、父親が倒れたのだった。何が起きたのか、類にはわからなかった。類はフロアを転がった。真っ暗だった空間に明かりがついた。いつの間にか、類の手かせと足かせは外れていた。父がしてくれたのだろう。類は父親のもとにかけよった。しかし父は、母同様、絶命していた。地球の重力下において、成人男性を担ぎながら俊敏に動ける人間はいない。おそらくは誰かに狙撃されたのだった。類の父親だけじゃない。倉庫か工場のような空間には何人もの人が折り重なるように倒れていた。スーツを着た男たち。父親、母親。類の心を占めるのは、悲しみというよりも、あの親父を殺す集団がいるという事実であり、俺は生かされているだけだ、という無力感だった。
 旧弊(きゅうへい)な扉がガラガラと開き、誰かが入ってきた。先頭に立つ人間には見覚えがあった。その男の後ろには、ずらずらと100人以上の人間が控えていた。

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「久しぶりだね」男は言った。
「やっぱり死んでなかったのか」類は言う。
 ふふん、男は笑う。「その口ぶりは、君はこの状況を想定していたということなのかな。それにしては、ずいぶん慌てていたようだけど」
「父親と母親が死んで慌てない人間がどこにいます?」
「じゃあ、どうして今は冷静なんだろう」
「あんたがここにいるからだよ。田所りんぼさん」
「彼のことはおぼえているかな?」
 スーツ姿の男が二人、何かを担いで類の足元にやってきて、その何かをどさっと投げた。牙大王だった。
「悪しきもの……おまえがそうだったのか」
「悪しきもの?」
「俺の大切なものを奪ったやつが悪じゃなかったら誰が悪なんだ? 俺か?」
「それはいい視点だね」田所りんぼは言った。「君自身が世界の敵かもしれないという視点」
「……」
「君が優しいことを、僕は知っている。君が努力していることを、僕は知っている。君は、親がいない子どもを支援する団体に多大な寄付をしている。居場所のない人間を支援しているのも、口では人材発掘と言っているが、その一環であることも知っている。それでも、君が善で僕が悪であることの証明であるとは言えない」

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 田所りんぼは、配下に控える100人超の男たちを下がらせた後、スライド式の旧弊(きゅうへい)な扉を閉めた。倉庫か工場のようなだだっ広い空間は、田所りんぼと類だけになった。……生きている人間は。
「こう見えて、僕は戦中に生まれたんだよ」田所りんぼは言った。
「どの戦争だよ?」
「ふふん」と田所りんぼは笑った。「組織は僕がつくったんだ。会長が死のうが、どうなろうが、誰が頭だろうが、正直、どうでもいい。たしかに、現会長はビジネスサイドから組織を大きくしてくれた。でも、それは僕の目的ではない。僕の仕事について、話したことはあったかな?」
「物語を集めてる」類は言った。「あんたの口から聞いたわけじゃないけど」
「そう。すべては物語を集めるためにある」
「だから、不幸をまきちらす」類は言う。
「なぜ、物語の登場人物が不幸な境遇にあるのか? それは、不幸こそが、幸に向かうための、最も純度の高いエネルギー源だからだ」
「不幸の産みの親。サンシャイン池崎かよ。くだらねえ」
「そう。君もそう。永里蓮もそう。小島りこもそう。師匠もそう。小僧くんもそう。松田遼太郎もそう。梅崎樹もそう。デビル、牙もそう。桜井時生もそう。黄兄弟もそう。今間と在原という街自体、僕の創造物みたいなものだ。何か質問はあるかい?」
「ありすぎて言葉にならない」
「じゃあ、今の君の希望は?」
「てめえを殺す」
「僕は歴史の流れの中で、何度も殺された。でも、僕は死ねない。というか、復活してしまうんだ。僕はこの現象をこう名づけた。『不死鳥の灰』と」

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