いまや人間はじぶんが偶発事であり、意味のない存在であり、理由もなく最後までゲームをやりとげねばならないことを実感しているのだ。

フランシス・ベーコン

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「不死鳥の灰」
♯6 I have a dream

まえがき 


 アベマさんを見送った後、類は珈琲を一口飲んで、ため息を吐いた。
 彼女は夜の街で働いてもらうことになった。とりあえず、そこで借金返済への道を模索する。居場所を自らなくすタイプの人間は、新天地でも同じことをする確率が高い。だけど……。
 類はこういう来客を迎えるたびに、いたたまれない気持ちになった。俺だってかつてはギャンブルの沼に溺れていた。ズブズブに。俺はたまたま引き上げられただけだった。それでも思わずにいられない、「甘えんなよ」という語句。右腕が痺れるように痛んだ。ああ、そういえばそんなこともあった。つうかトウマはどこに行ったんだろう? あいつとどうやって連絡を取るんだ? ……考えてどうにかなる問題ではなさそうだ。選択肢のない問題は悩んでもしかたない。何か疲れた。類はそのまま、ソファに腰をかけたままの姿勢で眠ってしまった。

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「おまえが他人の甘えにツッコむ日が来るなんてな」永里蓮は笑う。
「まあ、そうだよね」類は照れくさそうに頭をかいた。「レンくんは? レンくんにはなかったの? ダメだった時代」
「おれはなかったよ。最初から勝てた」
「ああそう」
「そう。モノがちげえ」
「ああそう」
「ちなみに、これ、夢だから」
「は?」
「だからおまえの見てる夢。目が覚めたら、消える夢」
「まあ、夢ってそんなもんだよね」類は言いながら、何かがおかしいことに気づく。「レンくん?」
「I have a dream.マーチンルーサーキングはそう言ったけど、夢ってのは、足りないから見ようとするのかもしれない。満たされていたら見れないのかもしれない……」永里蓮の声は、テレビのリモコンでボリュームが絞られていくように小さくなっていった。同時に、類の見ている世界の日が暮れていく。それはまるで、空に鮮血をまぶしたような夕焼けだった。いや、朝焼けかもしれなかった。類には判断がつかなかった。どちらでもいいか、と思った。

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 トントン、とドアがノックされた。俺は眠っていたのか。目をこすりつつ、類は答えた。「はい」
「失礼します」と言って、類のいる部屋に男が入ってきた。
 男の名は、黒須久(クロスヒサシ)。マメで生真面目(きまじめ)なイマ中のひとつ下の後輩であり、類のスケジュールから金銭の管理まで、田所班の長として、類が最も信頼を置く男だった。
 黒須は黒須で、かねてより類に心酔しており、「イマクルズの後はおれだ、クロス」というのが、類が中学を卒業するまでの決め台詞だった。今では彼の封印したい過去であるにしても。
「班長、何か、疲れてません?」クロスは言った。
「うーん」
「この後、3人の面会希望者が来る予定です」
「ああ、そう」
「一人目は、薬物依存症の元売人の男。二人目は、3児の子を抱えてソープで働くアラフォーの女。三人目は、班長の同級生、土田孔明さん」
「は? 孔明? 何で?」
「事業に失敗して、自己破産をしたらしくて、次の事業をはじめる前に話がしたいそうです」
「どうせ金だろ?」
「でしょうね」
「なあ、俺は金貸しじゃねえんだよ」
「おれに言われても」と言ってクロスは笑った。
「なあ、腹減った……」
「出前でも頼みますか?」
「頼む。傘寿庵でカレーソバ大盛り」
「かしこまりました」

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 カレーソバを食べながら、薬物依存症の男の話を聞いた。
「ドラッグは別に悪くないんすよ」男は言う。「たとえば地面に生える植物に、オイ、おまえが悪いんだぞ、と言ってもしょうがなくないですか?」
「……」類は無言でずるずるとソバをすする。
「それに、麻薬とかって、ひとくくりにされてますけど、たとえば、草は大麻取締法っていう法律の区分、Sとかシャブは覚醒剤取締法の区分、Lやクラックは麻薬及び向精神薬取締法。黒人と白人と黄色人種を並べて動物って言ってるみたいなもんですよね」
「人間って言うんだぜ。黒人も白人も黄色人種も」カレーソバの汁をふうふう冷ましながら類は言う。「つうかおまえ、何の話してんの?」
「薬のせいにしがちですけど、悪いのは金ですよ」
「で?」
「薬の被害者の数で言ったら、アルコールのほうがよっぽど凶悪ですよ」
「……で?」
「おれはね」男は言う。「薬の有効利用を目指したいんですよ。そして、平等な世界を手に入れたい」
「そんな目標があるなら、俺なんかじゃなくて、政治家に頼むか、政治家を目指せば」
「そんなのできるわけないじゃないですか。おれ売人っすよ」
「あのさ、君はここに愚痴を言いに来たの?」
「いや、違います」
「じゃあ何?」
「金貸して欲しいんです」
「……」

つづく
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