いまや人間はじぶんが偶発事であり、意味のない存在であり、理由もなく最後までゲームをやりとげねばならないことを実感しているのだ。

フランシス・ベーコン

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「不死鳥の灰」
♯2 dancer in the dark

まえがき 
 


「おまえ、どっから入ってきたんだよ」
「僕はずっとここにいたよ」怖い話をする人のような言い方で当真は言った。
「なあ、俺は死人と喋ってるヒマねえんだわ。社長は忙しいんだよ」
「田所くんはいくつになったんだっけ?」
「25歳」
「……干支が一回りしたんだね」
「そんなんいいから質問に答えろよ」類は言う。
「質問?」
「だから、どこから入ってきたのか」
「だから、ずっとここにいたって」
「あのな、人間ってのは、飯を食って、排泄して、眠って、それで命をつなげてんだよ。12年間ここで何してたんだよ?」
「暗闇の中にいたよ」当真は遠くを見るような目で類を見つめた。
「おまえが死んだのは13歳だった。でも、今のおまえは俺と同い年くらいに見える。それについては?」
「ばあちゃんが死んだ」
「ばあちゃん?」
「君は僕のばあちゃんに会ったことがなかったっけ?」
「ある」類はうなずいた。「黒ヤギババアだろ」
「ヤギ?」
「おまえの手紙食っちまいやがったんだから」
「……そんなことがあったんだね。でも、僕はあやまらないよ」
「おまえのせいで俺はどれだけ……。まあいいや。おまえのばあちゃんが亡くなったことと、おまえがここにいることと、どう関係してるんだ?」
「ばあちゃんは魔法使いだった」
「はあ?」
「ばあちゃんが死ぬ間際、最後の魔力を使って僕を転生させたんだと思う」
「……おまえ、頭大丈夫?」
「逆に、田所くんの頭は大丈夫なの?」
「……おまえの姿さえ見えなければ、オカルト乙って言って帰って寝るんだけど」
「ずいぶん冷静だね。死んだはずの人間が生き返ったんだよ」
「ああ。こういうの、おまえで二人目だから」
「風変わりな12年を過ごしたんだね」
「いや、風変わりなのはここ2年だけ。おまえが死んだ年を除(のぞ)けば」
「君が驚いてないのは残念だな。一人目の人に少しジェラシー」
「あ」類は何かを思い出したように言った。「おまえの遺灰だか遺骨だかを、あのばあちゃんに渡されたんだよ。あれどこ行ったっけ? ……ああ。それでか。おまえの声がイマ中バッグの中から聞こえたのは」
 トントン、とドアがノックされ、類の母親が入ってきた。
「お友達? こんばんは。お楽しみのところ悪いけど、もう、4時過ぎちゃってるからね」
「こんばんは。田所当真と申します」
「中一の頃、同じ苗字で問題なったやついただろ?」
「あんたが犯人にされたやつ?」
「うん」
「でも、彼は亡くなったんじゃなかったかしら」
「生き返ったんだって」
「へえ。だから燃え盛ってたんだね」
「お母さんも、冷静なんですね」当真は感心したように言った。
「いやいや、そんなことありませんよ」褒められた人が謙遜(けんそん)するような言い方で母は言った。「で、どうするの? 泊まってくなら布団用意するけど」
「いや、お母さんには迷惑をかけられないので、出ます。ほら、田所くん、行こう」
「何言ってんだ、おまえ……」
「君、社長なんだろ? 僕一人くらい泊められるだろ? お母さん、お騒がせしてしまって申し訳ないです」
「いえいえ。何のお構いもしませんで。これでようやく眠れます。……あ、あなたトウマくんだっけ。靴は?」
「靴」トウマは言う。「田所くん、貸してくれないか」
「俺のなんかあったっけ?」類の問いかけに、「お父さんのクロックスがあったわね。お父さんもう履かないって言ってたからあげるわよ」と母は言った。
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
「すいません」トウマは申し訳なさそうに言った。
「おまえ、そういうこと言えるんだな」驚いたように類は言う。「まあいいや。じゃあ行くわ」
「あ、類、ちょっと待って」
「ん?」
 母は小走りで台所に向かい、何かを持って戻ってきた。
「これを渡しておきます」
 それは桐(きり)でできた小箱だった。
「何、これ?」
「あなたと私の紐帯(ちゅうたい)」
「はあ?」
「へその緒よ」
「……何で?」
「その昔、男の子が戦争に行くときに、これを渡したんですって」
「意味不明」類は言う。
「類。私もお父さんも、覚悟は決まってます。あなたもいい加減、腹を決めなさいね」
「何のだよ?」
「この世界で生きていくということは、この世界で死ぬということなの」
「どういうこと?」
「嫌なことも、悲しいことも、苦しいことも、生きることの一部なのよ」母は言う。「あなたにとってちょっと嫌なことが起きたくらいでぴいぴい喚(わめ)かないの」
「喚いてねえし……」
「ふふふ」トウマは笑う。
「行ってらっしゃい」母はなぜか、戦地に赴(おもむ)く兵隊が敬礼するように右手を掲げた。
 ちぇ、と舌打ちした後、桐の小箱をポケットに入れ、類は「行ってきます」と言った。12年ぶりに再会した当真。真冬の早朝。これ、どういう状況なんだ? と思いながら。

つづく
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