いまや人間はじぶんが偶発事であり、意味のない存在であり、理由もなく最後までゲームをやりとげねばならないことを実感しているのだ。

フランシス・ベーコン

KIMG0999
「不死鳥の灰」
♯1 midnight phone call

まえがき 



 電話がかかってきたのは、午前3時。田所類は覚悟を持って電話を取った。
「もしもし」
「あ、類?」
 深夜にかかってくる電話は、抜き差しならない内容であることが多い。だからこそ、覚悟を決めて電話を取ったのだ。が、母の声はのんびりとしていた。
「かーちゃん?」
「ねえ類、ちょっと家に戻ってきてくれない」
「……こんな時間に? 何で?」
「あなたの部屋が燃えてるのよ」
「は?」
「だから、あなたの部屋が燃えてるんだって」
「つうかそれが本当なら、電話なんかしてる場合じゃないだろ。早く逃げろよ」
「それがね、燃えるように見えるだけなのよ」
「かーちゃん? 寝ぼけてんのか?」
「違うわよ。燃えてるのに、温度は感じないのよ」
「とにかく、体に問題はないのね」
「体に問題はなくても、びっくりするわよ」
「オヤジは?」
「仕事」
「牙も一緒?」
「うん」
「わかった。今から向かうわ」
「はーい。待ってまーす」

       777

 不思議なことは慣れているつもりだったが、その光景は常軌(じょうき)を逸(いっ)していた。母親は燃えてる、という表現を使ったが、俺ならやべーことになってるとか、洒落にならんことが起きてるとか言うだろうな。類は思う。
 かつて生活していた2階の部屋のドアが、青紫色の炎に包まれているのだった。
「何これ?」
「すごいでしょ?」
「すごいっていうか……」母が嬉しそうな顔をしているのが謎だった。
「でもね、触ると熱くないのよ」
「いや、こういうのは触らないほうがいいんじゃない?」類は保守的なことを口走っていた。
「ねえ類、中に入ってみてよ」
「やだよ」
「せっかくこんな夜遅くに来たんだから、泊まっていきなさいよ」
「ここで? ふざけんなよ。これは警察か霊能力者の案件だろ」
 母親は笑った。「あなた、お父さんの仕事知ってるでしょ。警察のやっかいにはなれないでしょ。言うに事欠いて霊能者? オカルトスロッターはやめたんでしょ。ほら、男は度胸。行ってきなさい」
「……」
 類はおそるおそる、部屋に入っていく。部屋の中はマグマだまりのように地獄的な光景が広がっていた。シングルベッド。勉強机。本棚。それらが燃え盛っていた。しかし熱は感じられない。
 と、押入れから何か声のようなものが聞こえてきた。マジかよ、と類は思う。たしかに、あぶれたやつは寄って来いとは言ったけど、人外は別よ? 深呼吸をひとつして、類は押入れを開けた。
「田所くん」
「は?」
「ここ。ここ」
「誰?」類は言う。
「僕を忘れた?」声の主はどこかから言うのだった。
「わかんねえよ。つうか、この炎、何だよ」
 ……どうやら、声は中学の頃の指定バッグの中から聞こえていた。
 類は手を伸ばし、イマ中指定バッグを取り出して、ファスナーを開けた。とたんに、部屋を覆っていた炎が消えた。と思うや否や、かつての勉強机の椅子に誰かが座っていた。驚きを通り越し、感覚が麻痺してしまったようだった。「誰?」類は言う。
「田所くん。久しぶりだね」
 その甲高い声は聞き覚えがあった。
「……おまえ、死んだんじゃねえのかよ」
「田所くんは変わらないね」
「だから田所に田所って言うなよ」
「ふふん」
 そう笑ったのは、田所当真(トウマ)だった。

つづく
にほんブログ村 スロットブログへ             


♯2へGO!