♯9「フラれて、フラれて、たどり着いた先で」
PM 7:00 田所類 自宅 自室
ひとしきり叫ぶと少し冷静になった。不審に思った通行人か、または苦情を言いにきた近隣住民か、ともかく誰かが家のチャイムを鳴らした。類はそれを無視し、問題を整理しよう、と思った。
死んだ人間をぶん殴りたい→できるわけがない。
両親が帰ってこない→どうにもならない。
……
PM 8:00 同 自室
類は部屋の中をぐるぐると回りながら、思考を続けた。
「自分でどうにもならないことを考える必要があるか?」
PM 9:00 同 自室
ない。あるわけがない。それは自分でどうにもならないことだから、どうにもならないことなのだ。
PM 10:00 同 自室
めんどくせえ。つうか、当真みたいに勝ち負けで人生を考えて、何か意味あんのか?
……
わかんねえ。
つーか、俺、バカでよかったのかもしれない。いや、そうだ。きっとそうだ。考えるのはもうやめよう。てか、腹減った……
宅配ピザを待つのも嫌だったので、類は財布を持って外に出て、24時間営業の弁当屋でデラックス弁当大盛りと味噌汁を買い、帰って食し、シャワーを浴びて早々に寝た。
AM 7:00 吉見由宇の家の前
吉見由宇が部活の朝練に向かおうとすると、家の前に私服の男子が立っていた。
「ルイくん? そこで何してるの?」
「ユーティリティに話があるんだ」
「てか、何? 何なの? ストーカー? きもちわるいんだけど」
「ちげーって、話、聞いてくれよ」
「やだよ。何、何? マジ、警察呼ぶよ」
「だからちげーって……」
「近よらないで。声出すよ」
そう言うと、吉見由宇は走り去り、田所類は髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしりながら立ち尽くした。
AM 8:00 土田孔明の家の前
何とか気を取り直した私服の男子は、登校しようとする土田孔明を家の前でつかまえた。
「何?」冷たい表情で孔明は言う。
「話があって」
「おれはないけど」
「孔明、田所党はおまえにまかすわ」類は精一杯虚勢を張ってそう言った。
「もともとおまえのもんじゃねえよ」
土田孔明はそう言うと、類には目もくれず、学校に向けて歩いていった。
痛っ。いたたたた。くらったあ。ダメージでけえ、と呟いた後、頭をぶんぶんと振り、類は学校とは反対の方向に向かってふらふらと歩き出した。
AM 9:05 薫風会病院 病室
「何しに来た?」ベッドの上の山田克己は傷だらけの顔を歪めながら言った。こいつ、病院の服がびっくりするくらい似合わないな、と思ったが、類はそれは言わず、「何って、見舞いだよ」と言った。
「手土産もなしにか?」
「手土産? ああ、すまん、気が回らなかった」
「田所、おれはおまえのことが嫌いだ」
「俺も別におまえのことが好きなわけじゃねえよ」
「そりゃよかった。帰れ」
「なあ、山田、俺ら小学校入ったとき、同じクラスだったよな」
「だから?」
「そんとき、喧嘩したって覚えてる?」
「おまえ、覚えてねーの?」驚いたように山田は言った。
「ぜんぜん」
「喧嘩売ってんのか?」
「いや、そんなんじゃないけど」
「じゃあ何だよ?」
「なあ、山田、俺、何か間違えたか?」
「は?」
「おいおい、にいちゃんら、ここは病室だ、もっと静かに喋れんのか?」
山田の隣のベッドに横たわり、文庫本を読んでいた角刈りの老人が辛抱たまらず、という風に言った。
「ちぇ」山田は舌打ちをし、「ってえ」と顔をしかめながら上半身を起こし、松葉杖を持ち、サンダルを履き、立ち上がった。「田所、外出んぞ」
「お騒がせしました」類は老人に頭を下げた。
老人は何も答えず、去れ去れ、という風にぞんざいに手を振った。
「んだ? あのジジイ」病室を出た類は言った。
「死ぬほどうぜえ」山田はうなずいた。「あいつずっと喋ってっから。もうずっと。近頃は、大人もガキもどっちもガキだとか、世の中腐ってるとか。政治がカスで、もれなくカスで、テレビも映画もスポーツもカスばっかりだとか。愚痴、悪口を延々と。こっちの反応なんて無視してずっと」
「大変だな、おまえも」
「……ちぇ」山田克己は苦々しげに舌打ちをした。
つづく
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