「大不幸」
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♯4「おそろしい夢」 



 AM 6:00 田所類 自宅 自室


 夢を見た。おそろしい夢だった。が、目を開けたとたん、夢の内容を忘れていた。それでもおそろしいという感覚だけは残っていた。目を閉じて、もう一度眠ろうとする。眠れねー。類は思う。しかし次の瞬間には、目覚まし時計が鳴っていた。類は無意識のうちにそれを止めてしまい、いつも声をかけてくれる母もなぜか起こしてくれず、寝坊してしまった。類は飛び起き、顔も洗わす歯も磨かず、朝食も取らずに学校に向かった。


 AM 8 :35 今間中学校 1年3組 教室


 息せき切らした類が教室に入ると、すでにホームルームがはじまっていた。類はあることに気づき、立ち止まる。
「何で?」

 が、類のその疑問に返答をくれる生徒はいなかった。

 類の目線の先には田所当真の机があり、その机の上に、菊の入った花瓶が載っていた。

 沈鬱な面持ちの担任(英語教師)は、立ち尽くす類を見て、「田所、座りなさい」と言った。そして類が席に着くのを待ち、「田所当真くんが昨晩、亡くなりました」と言った。

 何が何だかさっぱりわからなかった。何を思ったのか、類は首を動かして振り返り、山田克己の席を見た。花瓶こそなかったが、彼の席も空いていた。


 AM 8:45 会議室


 その部屋では、学年主任と英語教師、長机をはさんで田所類が座っていた。

「私には彼がイジメをするような人間にはとても思えないのですが」英語教師は言った。

「……」学年主任は何かを言いたげに口をごもごもと動かすのだが、声にはならなかった。

「というか、俺、当真とはほとんど接点がなかったんです」類は弁解するように言った。「だいたい俺、イジメなんかしたことないです」

「山下先生」学年主任は幾分上ずった声で英語教師に言った。「もし、ですよ。あなたが看過していたとしたら、あなたの責任問題であると同時に、私の、ひいては学校全体の責任問題になるのですよ」

「それは承知しております。しかしながら、私の見る限り、我がクラスにイジメというものはありませんでした」

「田所類くん、それは、本当ですか?」学年主任は言った。

「イジメっていうか、山田が当真を小突いているのは見たことがあります。何度も。あれはイジメですか? 山田に話は聞かないんですか?」

「彼は今、入院しているんです」

「入院? 昨日の怪我で?」

「詳細はわかりません」そう言った後、学年主任はため息のようなものを吐き、うつむいた。

「山田克己。正直なところ、私は彼を持て余してました」英語教師は暗い顔で言った。「たしかに、彼は……」

「でも、ですよ。山下先生。現実問題として、彼、田所類くんが、田所当真くんをいじめていた、という証言があるんです」

「それ、誰が言ってるんですか?」類は憤りを隠さず口に出した。

「誰であろうと、火のないところに煙は立ちません」

 カチン、シャポ、放火魔がライターで古新聞に火をつけるイメージがわいて、思わず類は笑ってしまった。メラメラメラ。

「何がおかしいんですか?」学年主任は語気を荒げた。

「こっちはしてないって言ってるのに、一方的に俺を悪者扱いするんですか? ふざけんなよ、マジで」

「あなたがクラス内で徒党を組んでいたというのも知っています」

「だから?」

「いかなる場合であろうとも、多数と少数では論理が違ってきます。あなたがしていないと思っていても、向こうがそうとは限りません」

「だったら今、俺も少数ですよね」

「そういうことを言ってるんじゃありません」

「じゃあどういうことを言ってるんですか?」

「田所」英語教師は優しい口調で言った。「別に我々は、君を問いただしているわけじゃないんだ。ただ、原因を究明したいと思っているだけなんだよ」

「だから知らないって言ってるじゃないですか。だいたい何であいつは死んだんですか?」

「それは、まだわかっていません」学年主任は傷口に塩を塗られたような顔で言う。「ですが、もし、仮にそれがイジメによるものだとしたら、我々は困った状況に追い込まれることになります」

「学年主任」英語教師は決意したように言った。「こうなった以上は、クラスの全員に、ひとりひとり聞いていくしかないでしょうね。イジメというものがあったにせよ、なかったにせよ」

「そうですね」言葉とは裏腹に、否定的な表情で学年主任は言った。「致し方ありませんね。全員に聞いていけば、全体像が浮かんでくるかもしれません。田所くん、手間を取らせましたね。また、何かあったら、協力お願いします。それでは、先生に頭を下げて、途中から参加させてもらいなさい」

 どうして俺が頭を下げなければいけないんだ? と思ったが、類はそれは言わず、立ち上がって会議室を出た。 

 そのまま下駄箱に向かい、上履きをローファーに履き替えた。教室に戻る気はしなかった。当真が死んだ? それは本当のことなのか? だいたいお地蔵さんのことだって、本当かどうかわかったものじゃない。みんなが俺を担いでいるのかもしれない。類は憤然となって校門を抜け、狭い路地に入り、角をふたつ曲がって立ち尽くした。

 今日の朝も、昨日の帰り道もここを通ったのに、どうして気づかなかったんだろう? 

 そこに立っていたお地蔵さんには、あるべきものが存在しなかった。空白が、不在が、前景化した背景が、類の認識を揺さぶっていた。ここはどこだ? 頭部のない地蔵。非現実の世界に迷い込んでしまったようだった。

つづく
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