「大不幸」
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♯3「犯人はおまえか?」 


 PM 2:00 音楽室


 音楽教師自慢のスピーカーから流れるのは、編曲されたバッハのシャコンヌ。演奏はサイトウ・キネン・オーケストラ、指揮者は小澤征爾。

 ほどよい満腹感と、午後のうららかな陽射しに包まれて、類は気持ちよくまどろんでいた。その音楽は、一時、彼の頭を占有した「うーへい」と「はいほうふれす」のリフレインを時の彼方に運んで消した。

「ヨハン・セバスチャン・バッハはクラシックの父にして母……」

 白髪の音楽教師は語っていた。が、その言葉は録音されたかつての音と共に消えていく。

「歴史も、物語も、音楽も、その起源は悲劇です。しかしそれは、希望となりうる。聴きたい人は聴きなさい。眠りたい人は眠りなさい。現実は厳しいもの。束の間の休息です。願わくば皆にとっての福音でありますように」


 PM 4:00 1年3組 教室


「学年主任の峰岸です。1年3組、田所類くん、至急、職員室に来てください。繰り返します。1年3組、田所類くん、至急、職員室に来てください」

 校内アナウンスが流れてきたのは、ホームルームが終わり、生徒たちが帰り支度をしているところだった。

「党首何かした?」吹奏楽部の立花が言った。

 類は無言で首を振る。「意味わかんねえ」そう言って、立ち上がる。

 

 PM 4:05  職員室


「田所類くん」学年主任の峰岸という初老の女性は、まるで初対面の人と喋るときのように、他人行儀に類の名前を呼んだ。

「何すか?」ぞんざいな口ぶりで類は答える。

「あなたは昨日の放課後、どこにいましたか?」

「昨日?」

「三丁目の角にあるお地蔵さんの頭が盗まれたらしいんですけど、あなた何か知りませんか?」

「はい?」目を丸くして類は言った。

「あなたともうひとりの田所くんが、お地蔵さんの前で何かをしているところを見たっていう生徒がいるの」

 たしかにその場所で、類は当真と話をした。そのとき当真はそのお地蔵さんの頭を叩いていた。けれど、そのこととお地蔵さんの頭がなくなったというのは別の話だ。類は否定する。「知りません」

「もうひとりの田所くんは、今日クラスに来ていないらしいですね」

「はい」

「あなた本当に知らないの?」

「知りません」

「そう。困りましたね」

「……」困ったのはこっちだよ、と思ったが、それを言ってもしょうがないような気がした。

「今日はもういいわ。また何かあったら、呼びます」
「……わかりました」 


 PM 4:30 帰り道

 

 石ころを蹴飛ばしながら、田所類はとぼとぼ歩いている。この石ころとは、かれこれ50メートルほどのつきあいである。

 まいったな、と思う。さっきは否定しちゃったけど、否定しないで当真がお地蔵さんの顔を叩いてるのを見ましたって言えばよかった。でも、それを言ってどうなる? わかんねえ。

 つうか、マジ、頭おかしいだろ。何でお地蔵さんの頭を盗むんだよ? そんな罰当たりなことをする人間がいるか?

 類は自らの宗教観について、まともに向き合ったことはなかったが、それでも、しゃんとする、というか、畏(かしこ)まるというか、そういう気持ちはわかる。新年は祝うし、七草粥も食べる。節分には豆をまくし、端午の節句には鯉のぼりをあげる。最近は行ってないが、彼岸やお盆にはお墓参りをしていたし、ハロウィーン、クリスマスのノリにも付き合うし、神聖とされる場所、神社仏閣や教会や墓地で非リスペクト行為(たとえば唾を吐くとか)なんてできないし、俺はそういう人間だ。

 ふと、自分が蹴っているものがお地蔵さんの頭だったら? という、とんでもない考えが脳裏に浮かび、類は立ち止まる。

 そんなはずはなかった。が、嫌な汗がどばっと出てきた。類は蹴っていた小石を、証拠を隠滅(いんめつ)するみたいに排水溝の穴の中に落とし、走り出した。

 頭部のない地蔵には目もくれず、類は走って走って家に帰った。

つづく
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