連載記念。本日2話掲載!

「大不幸」
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♯2「ホープレス」 

 AM 10:40 今間中学校 1年3組 教室 

 

「ねえルイくん」田所類に声をかけたのは、ひとりの女子だった。

「ん? ユーティリティ、どうした?」

 吉見由宇(よしみゆう)という、吹奏楽部でフルートを吹く女子のことを、類は思っていた。だからこそ、ゆうと言えばいいところを、わざわざユーティリティと呼ぶのである。性の目覚め、反抗期、成長期。中学生の三重苦ゆえの見栄(みえ)。彼の持ち味である率直性と背反するのはそのためである。

「おいおい」嫉妬からか、土田孔明が話に割り込んできた。「吉見いっつも党首にちょっかい出してるけど、党首のこと、好きなん?」

「は?」ユーティリティは声を上ずらせた。
「ほら、顔赤いし」 

「ちがっ」ユーティリティは否定しようとした。が、二の句が出てこなかった。妙な間があって、その間で田所類も赤くなってしまった。

「てか、ユーティリティ、何か言いかけてただろ?」 

 類はもやもやを振り切るように言った。

「そうそう、ルイくん、昨日、田所当真と一緒にいなかった?」

「いたけど……」

「何か、ルイくんが田所当真とお地蔵さんを叩いてたとか言ってる子がいたんだけど、ルイくんはそんなことしてないよね」

「つうか、党首、何でカマドウマなんかと一緒にいたん?」

「いや、何でっていうか……」

「ダメだよ。体裁ってもんがあるだろ」孔明はきっぱりと言った。

「でも、おれら、田所党じゃん」類は言う。「あいつも田所だし、入れてやったらいいいかなって思ったんだけど」

「ダメに決まってるだろ。党首、バカなのか?」

 休憩の終了を告げるチャイムが鳴り響き、話はそれで立ち消えになったが、田所類には嫌な感覚が残った。そういえば、当真は今日、学校に来ていない。

 

 AM 11:55 同 教室


 教室のドアが開いた瞬間、その場を仕切るはずの英語教師(このクラスの担任、三十五歳、未婚男性)は、チョークを持ったまま固まってしまった。

 入ってきた男子生徒の頭部には、ぐるぐると包帯が巻かれており、露出しているのは二対の黒い瞳と、端々に傷のある紫がかった唇だけ。まるでスケキヨか、『るろうに剣心』の志々雄状態である。謎の男は片足を引きずりながら、時間の止まった教室を横断し、山田克己の席に着いた。

「山田どうした?」止まっていた時計を動かしたのは、我らが党首、田所類だった。

「うーへえ」包帯男は言う。うるせえ、と言いたかったのだろうが、怪我の影響か、はっきりとした発声にはならなかった。

 英語教師はようやく声を出すことができた。「山田君、大丈夫かい?」

「はいほうふれす」山田らしき怪我人は言った。

 hopelessという形容詞が脳裏をよぎり、英語教師は次に言うべき言葉を見失ってしまった。

 芸人が滑ったときのような気まずい間を経て、我に返った英語教師は授業を再開した。怪我をしている本人が大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。判断とも言えないような判断だった。

 チョークで教科書の英文を黒板に書き写しながら、教師は気づく。さっき山田は何て言った? はいほうふれす。大丈夫です。……です? 教師は一瞬、英文を書く手を止めた。山田に敬語を使われたのは、これが初めてだったからだ。
 

 PM 0:45 同 教室


 山田克己は用意された給食に一切手をつけず、まんじりとも動かず沈黙している。が、明らかに目に精気がない。山田克己はその虚ろな二対の目で時計をちらと見ると、苦悶の声を漏らしつつも立ち上がり、足を引きずりながら、教室を出ていった。

「今なら勝てるんじゃね?」誰かが言った。

 自分に向けた言葉だということに気づくまで、数瞬の間があった。
「え?」

「党首、今なら山田に勝てるんじゃね?」田所党党員、吹奏楽部のトランペッター立花だった。

「勝ってどうすんだよ?」類は言う。

「どうしよう?」立花は自分で言った言葉の意味がわからなくなってしまった人のように挙動不審な態度で周りを見渡した。

「積年の怨みを晴らすんだよな」立花をフォローするように、土田孔明が言った。

「俺別にウラミとかねえもん」

「党首になくてもこっちにはあるんだよ。なあ、立花」

「そうそう」我が意を得たり。立花は胸を張る。

「つうか、あれ、本当に山田か?」誰かが言った。

「あれじゃわかんねえよな」誰かが言った。

「山田じゃないとしたら、誰だよ?」誰かが言った。

「つうか、飯食ったら屋上行こうぜ」誰かが言った。

 類の耳には皆の話が入ってこなかった。給食の味もしかり。その代わりに、山田のさっき言った、「うーへい」と、「はいほうふれす」という音が、頭の中をぐるぐると回っていた。あいつがあんなにボコボコになるって何が起きたんだ?

つづく
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