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午前11時のブンガク

好きなことをする、ということは、嫌なことを引き受ける、ということである。

実際、好きなことだけをやってみると、短くて数時間、たいてい1週間以内に挫折する。何事も、持続そのものは楽しくない。ずっと勃起してろ、ずっと濡れたままでいろ、と言われても無理なのだ。

エントロピー増大、すべては失う方向に進んでいく。だからこそ、人間は、現実をつかの間忘れさせてくれるものに熱中する。映画、マンガ、音楽、何でもそうだ。ここではないどこかで鳴る音や物語は心を躍らせる。しかし自分の心を自分で躍らせるのは容易なことではない。

今書いている小説の主人公(30代後半男性)は、自分の年齢を認めることができない。時間は流れ続けている。だから今、自分が30代だ、と仮定したところで、すぐに40代になる。その次は50代、60代。いったい全体、時間というのはどうなっているのだろう? 大学生、高校生、何なら中学生から、おれはそんなに変わってないぞ?

彼の悩みは人類の悩みである。それもそのはず、学校では、「加齢」について実践的に学ぶことは不可能である。しかし、日本人である以上、実践では学べなくとも、知識としては(記憶に残っていない可能性は高いが)すでに学んでいる。古きをたずね、新しきを知る。「温故知新」という言葉である。「少年老い易く、学成り難し」という言葉である。

「温故知新」


出典は、中国は春秋時代、孔子(紀元前552年9月28日生まれ)の「論語」である。

「少年老い易く、学成り難し」


このことわざは、およそ800年前の漢詩が元になっているそうだ(諸説あり)。

いずれにしても、我々が生きるはるか以前から、主人公の悩みは共有されていたのだった。

「そんなの習ってないよ」と言っても遅い。アリとキリギリス、三匹のこぶた、類型的な題材は、童話寓話にいくらでも出てくる。聞いたことがないは通用しない。何より、この道は自分で歩いてきたのではないのか?

心の中で声がする。
「なぜ、大学を辞めた?」
面倒になったからだ。

「なぜ、就職をしなかった?」
めんどくさかったからだ。

「なぜ、元カノとは続かなかった?」
……何でだろう。

ちぇ。鼻をほじりながら思う。めんどくせえ。

思い通りにいかないときに苛立ち、震える心は少年のそれである。にもかかわらず、鏡に映る自分は少年とはとても言えない。もしかしたら、誰かがおれに引導を渡してくれるのを待っているのかもしれない。ふと、思う。

「君はもうオッサンなんだ。だからそんなことを考えてはいけない。君はすでにサナギではない。すでに次のステージに入っているのだよ。だからもう悩む必要はない。サナギの夢を見ても、サナギには戻れないのだから。おめでとう。キミは、オッサンになったんだ」そんな風に諭してくれるオッサンに出会いたかった。

10月の夜の風は、次の季節がどんなものかを能弁に語っていた。

つづく
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