肉体を殺すことが出来ても、魂を殺すことが出来ない者を恐れるな

イエス・キリスト

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どこにいっても同じことのくりかえしだった。衝突。融合。おれはただ自分の幸せを求めただけだった。が、ジャングルジムをめぐる闘争は終わらなかった。


とはいえ、奇跡みたいなことだってあった。恋の季節、公園でワキャキャした女の子に高校生になって再会したのだった。小学5年生のおれに夢みたいなものはなかった。大人になったら自動的に家業を継ぐものだと思っていたし、特に希望のようなものはなかった。しかし彼女に対する思いは別だった。真剣だった。ずっと一緒にいられますように。神様。みたいなことすら願っていた。しかしそれは過ぎ去った過去だった。

恋の季節から5年経ったある日、その彼女から告白された。おれが何と返答したかというと、……覚えていない。ちょっと待って、とかだったと思う。なし崩し的に付き合うことになった。夢にまで見た女性との邂逅は、しかし小学生のおれが望んでいたものではなかった。というよりも、16歳のおれが11歳のおれではなかった。

付き合って半年が経過した頃のこと。
「ねえ、家出してきちゃった」
そんなパンチラインをくらったのは生まれて初めてだった。知り合って間もない女性だった。真冬だった。16歳のアオハルユースに帰れなんて言葉は出てこなかった。それは一夜のみの秘事であったが、数ヵ月後、小5時分の憧れの君とは別れることになった。理由は覚えていない。


ここまで書いて、全部一緒やないか、と思う。

おれはただ自分の幸せを求めただけだった。が、おれにとって都合のよい世界は誰かにとって都合の悪い世界だった。男も女もみんなそう。人間の欲しがるものが似通っている以上、誰かの幸せは誰かの犠牲の上に成り立っている。幸せを求めることが不幸せの入り口だとしたら、人生のどこに救いがあるのだろう?


つづく
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夏休みの宿題2016