不定期連載最終夜
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slot-story chapter4 1/2 Celtic moon

月と小鳥と


物語の始まり「半月」に戻る

「最終夜」

 パチンコ屋に入って獣王という台に座った。1000円をコインサンドに入れて、出てきたコインをコイン投入口からデデデデと入れる。レバーを叩く。リールが回る。ストップボタンを押すとリールがとまる。天井狙い。永里に教えてもらった優位性。
 ビールを飲みながらレバーを叩いていると、店員さんがやってきた。
「すいません。当店ではアルコールをお召しになられているお客様のご遊戯を禁止させていただいております。申し訳ありませんが、ご退店願えますでしょうか」
「でも」わたしはエクスキューズ(弁解)を試みた。「この台は後少しで天井です。天井が近いから打ち始めたのに、数千円使った後で出て行けと言われても、困ります。私の数千円はどうなってしまうのですか?」
「規則です。恐縮ですが」
 店員さんは頭を下げ続けた。これ以上ごねてどうなるのだろう? とは思うものの、納得いかなかった。そのうちに店長的なゴツい人が出てきて、「酔っぱらいは出て行け」と言った。「二度と来るな」

       ◆

 数千円負けて外に出て、ハンドバッグの中のコインロッカーの鍵を握りしめた。いつの間にか、わたしのよりどころがコインロッカーの中の数千万円だけになっていることに気づいて悲しくなった。
 コンビニで缶ビールを買って公園で飲んだ。パチンコ屋の中でお酒を飲んだらダメということを知った。でもたとえば、ペットボトルみたいなものに入れて飲んでいる分にはバレないよな、とも思う。そこまでして飲みたいか? とも思うけど、とりあえずの攻略法に気づいた気分で嬉しくなった。

「鳥なら飛べよ、飛んで逃げろよ」
 永里は最後にそう言った。わたしは逃げたくなんかなかった。逃げたくなんかなかった。

 じゃあ、誰と戦うの? 永里のまねをして、首を横に振ってみた。泣きたかったが涙は出なかった。インポ、性的不全、と永里は言った。わたしたちは誰もがみな、何かしらの機能不全なのかもしれない。わたしたち? 全人類。寂しさはシュクア、とお金持ちさんは言った。人間の(自我の)。
 小島さんに会いたかった。デイビッドに会いたかった。智美ちゃんに会いたかった。お父さんに会いたかった。母の顔が脳裏をよぎり、首を振った。ビールを飲み干し、立ち上がる。

       ◆

 田園都市線に乗って渋谷で降りて、コインロッカーからボストンバッグを取り出した。中身を確認せずにボストンバッグを肩にかけ、山手線に乗った。
 新宿で降りてコインロッカーからボストンバッグを取り出した。中身を確認せずにボストンバッグを肩にかけ、東口に向かった。まだ時間が早かったから、キリンシティに入ってビールを飲んだ。軽快なジャズが流れていた。わたしには知らないことが多すぎるように思えた。たとえばこの曲がジャズということは何となくわかっても、それがどういう成り立ちでできた音楽かはわからない。たとえばボサノバとジャズは何が違う? ブルースとの差異は? わからなかった。わたしは立ち上がり、ボストンバッグふたつを肩にかけ、外に出て紀伊国屋に向かった。
 音楽の歴史、という本を手にとってレジに進んだ。

       ◆

 キリンシティに戻ってビールを傾けつつ、ジャズ・ロック・フュージョンについて書かれた頁(ページ)から読んでみることにした。

 白人によるアフリカ大陸の収奪。白人の白人による白人の楽園のための労働の道具として誘拐された黒人たち。しかし新大陸で、その音楽は芽吹いたのだった。コリジョン。それは絶望的な衝突のはずだった。しかし、彼らはその哀しみ(ブルーズ)を歌、音楽という喜びに変えたのだった。


 わたしはビアグラスを傾けながら、頁(ページ)を繰(く)った。

 またしても、新大陸(北米)はムーブメントの中心となった。ロックンロール(R&R)。つまり黒人英語の隠語としてのセックスをモチーフにした新たなダンスミュージックは、世界中の若者をまたたく間にとりこにした。それは世界の歴史上、最もスピード感のある伝播だった。その母体は、言うまでもなくジャズ、リズムアンドブルーズ(R&B)のビート、コード進行にスケールであり、調味料のように加わったのは、ケルト音楽、聖歌、ゴスペルの流れを汲んだカントリーアンドウエスタンだった。

 その章はこういう言葉で締められていた。

 人間は確かに浅ましいことをくりかえしている。少なくとも歴史を後ろから振り返る特権を持つ(史上最速の伝播の時代を生きる)我々現代人からすると、そう見える(見えないなんて言わせない)。しかし、人間は逆転の発想で作品を残しもする。それも歴史だ。裏返す。哀しみを、悪行を、悲劇を、乗り越える。それこそが音楽(音を楽しむ)という人類最大の発明なのである。

       ◇

 発明というとまるで人類の手柄みたいだけど、音を介すコミュニケーションでは人類よりも鳥類に一日の長があるように思います。まあ、そこはいいか。楽しい読書だった。キリンシティを出て、もらった名刺にある住所を目指して歩いてみることにした。靖国通りを曲がり、しばらく進んで路地に入る。迷って迷ってようやく見つけた。
「はい、いらっしゃーい」桂三枝のような言い方でママは言った。「あら、小鳥ちゃん。来てくれたのね。ありがとう」
「あの、この間は、ご迷惑をかけました」
「迷惑? 何が?」
「ご馳走になった上に、暴言めいたことを吐いてしまって」
「いいのよ。とゆうか、お互い様よ。飲みつ呑まれつ。人間はアルコールには絶対に勝てない。だからシェアしないとね」
「あの」とわたしは言った。「私、自分のことを自分で小鳥だなんて言ってました?」
「ははは」ママは笑った。「覚えてないの?」
「はい」
「色々話してくれたわよ。まあとにかく、座んなさいよ」そう言ってママはカウンターに席をつくってくれた。

 わたしは生ビールを飲みながら、自分のすべきことについて考えていた。
「どうして生ビールは生っていうんですか?」
「日本人は生って言葉が好きなのよ」ママは下卑(げび)た表情を作ってそう言った。「日本に流通してるほとんどのビールは非加熱製法、だから生。だから缶ビールも瓶ビールも生ビール。でも、一般的にはサーバーから出てくるビールのことを生って呼ぶのよね。たぶんだけど、このふわふわの泡が生っぽいからじゃないかしら」
 ふむふむ、と思う。
「あの、こういうお店を作るには幾らくらいかかりますか?」
「だいたいみんな借金よ」ママは言った。
「借金?」
「国に借りるか、銀行に借りるか、このお店は全部で1000万くらいかしらね。場所によっても坪数によっても変わってくるけど」
「ここに1000万円あります。お店をつくれますか?」
 ママは首を横に振った。「お金だけじゃダメ」
「……」
「お店の中心にあるのは人よ。人の中心にあるのは心よ。中心のない店に人は集まらない」
「私をここで働かせてくれますか?」
 ママは首を横に振った。「気持ちは嬉しいけど、ここはおかまバーよ」
「でも、私、大きいですし」
 ママは首を振った。「どうしてお店をつくりたいの?」
「……」
「本当にお店をつくりたいのなら、どういうお店をつくりたいのか、何を売るのか、どこで売るのか、売り物の流通経路、道具の調達、メンテナンスの方法、誰が店に立つのか、宣伝、そういうのを全部把握して、少なくとも第三者に伝えられるようにならないとダメよ」
 わたしは自分が一番欲しいものを欲しいと思った。それは目印だった。道しるべだった。羅針盤であり、灯台だった。
「お酒を出すお店をつくりたいです」
「ちょっと漠然としすぎてるわね。お店の名前は?」
「灯(あかり)」わたしは言った。「灯台みたいな店にしたい」
「いいじゃない」と言ってママは笑った。「後は何で、そのお店を照らすか、ね」

       ◇

 ワーキングホリデーという制度があった。旅行しつつ働きつつ学べる、という日本と相手国の二カ国間で取り決められた相互理解と教育のための制度で、わたしはワーキングホリデー協定国の中からイギリスを選び、抽選と審査の結果、ロンドンに旅立つ運びになった。英語学校に通いつつ、PUB(パブ)、日本で言う居酒屋さんのようなお店で働かせてもらうことになった。こっちではわたしの身長もさほど気にならない。酔っ払いというのはどこの国でもいるもので、わたしは一度、思わず酔客を蹴り飛ばしてしまった。その日からわたしの名前はクラテマスターになった。

 休日は方々に足を伸ばし、パブやBARをめぐった。飲むというよりも勉強のために。コーンウォール、ウェールズ、リバプール、マンチェスター、湖水地方、断然気に入ったのはスコットランドだった。景観、雰囲気、お酒も料理もとても美味しかった。わたしはロンドンを離れ、エディンバラの旧市街に引っ越すことに決めた。ここでわたしは日本料理を出すレストランで働くことになった。といっても、オーナーはスコットランドの人だ。スコッツマン、とオーナーは言う。イングランドとは違うのだ、という意思表示なのかしら。店のメニューにはアサヒのビールがあるのだけど、製造元がオランダで、だからかどうか、味が違うようだった。

 ロンドンとスコットランドでは、同じ英語といっても全然違う。同じポンドでも紙幣が違う。乾杯はスランジバー。違うもの、同じもの。見るもの聞くものすべて新鮮だった。新市街(といっても250年の歴史がある)のパブで一杯飲んで、旧市街に向かう坂道をのぼっていくと、頭上に月が浮かんでいた。古城、石畳、下弦の月。不思議なもので、日本で見る月とは趣が違う。が、それでもあれは同じ月なのだ。

       ◇

 ワーキングホリデーの事務的な手続きをしに、ロンドンに戻ることになった。降りそうで降らないじめじめした空の下、手続きを終わらせて買い物に出た。
何これ、金?
 ノッティングヒルのマーケットで英国国旗をモチーフにしたTシャツを買おうとすると、そう言われた。わたしが持っていたのはスコットランドの紙幣で、同じ英国内だから使えるはずだけど、そう言うと、店員と思しき人物は、ひったくるように紙幣を取り、Tシャツとともにおつりを渡してきた。
 マーケットを歩いていると、雑然と古書を並べている露天があって、そこになぜか日本語の本が置いてあった。金子みすゞの詩集だった。わたしはその古びた本をスコットランドの紙幣で購入すると、帰りの電車(フライングスコッツマン)の中で読むことにした。こんな詩があった。

「蓮と鶏」


泥のなかから
蓮が咲く。

それをするのは
蓮じゃない。

卵のなかから
鶏が出る。

それをするのは
鶏じゃない。

それに私は
気がついた。

それも私の
せいじゃない。

 鳥肌が立っていた。鳥肌という言葉に苦笑した。にわとりは、飛べない。わたしは、飛びたい。いつか東京に店を持ちたい。幾つも持ちたい。小島さんがいつか戻ってくるときに、永里がいつか戻ってくるときに、迷わなくても済むように。
 未来が常に未知である以上、人生はギャンブルのようなものだ。それでも、何に賭けるかは自分で決められる。自分の信じる道を進む。それで負けたらしょうがない。負けたとしてもかまわない。鳥は羽ばたく前に一度沈む。それだけのこと。お父さん、空手を教えてくれてありがとう。

 ……お母さん、生んでくれて、ありがとう。

おわり
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