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slot-story chapter4 1/2 an alcoholic moon

月と小鳥と


泥のなかから
蓮が咲く。

それをするのは
蓮じゃない。

卵のなかから
鶏が出る。

それをするのは
鶏じゃない。

それに私は
気がついた。

それも私の
せいじゃない。

「蓮と鶏」 金子みすゞ 



物語の始まり「半月」に戻る


「アル中の月」

 さんざん暴れ回って冒険して、家に帰ると普通の暮らしが待っている。
 小さい頃に毎夜毎晩読んだ「かいじゅうたちのいるところ」はそんなラストだった。

       ◆

 新宿駅からタクシーに乗って小島さんの家に戻ると、小島さんの姿はなかった。とても疲れていて、わたしは服を脱いでパジャマに着替え、歯を磨くとすぐに眠ってしまった。
 気づくと朝の光が部屋を包んでいた。昨日のことは夢だったのだろうか、と思う。

 わたしはとてもお金を持っている(とリマさんが言った)人と一緒にお酒を飲んだのだった。お金持ちさん(おじさん)、それからそのおじさんの仕事上の取引がある人、それから、性別のわからないママと呼ばれる人、わたし、それからホステスさんが4人。どうやらみんな酔っているようだった。わたしも酔っていた。デイビッドと智美ちゃんと行った六本木のようで、わたしはとても楽しくなっていた。

「何をされている方ですか?」わたしはその性別のわからない人に聞いたのだった。
「私はしがないオカマよ」その人は言った。
 オカマというのは職業なのだろうか? と思いながら固まっていると、
「あなたは?」とその人は聞いた。
「パン屋、店員です」
「へえ、パン屋さん、ねえ」
「はい」
「一番好きなパンは?」
「クリームパンです」
「微妙ね」と言ってその人は笑った。何が微妙なのかわからなかったが、その後でその人は名刺をくれた。

おかまBAR暖 佐知江


「それでヌクモリって読むのよ」
「さちえじゃなくてですか」
「馬鹿ねえ。そっちじゃなくてお店の名前よ」
「ぬくもり……」

       ◆

 うまく昨日のことが思い出せなかった。マルキューで買ったハンドバッグを開けてみると、1万円札がたくさん入っていた(少し減っていたが、それでも)。それからコインロッカーの鍵も(2つ)。あれが夢だったらよかったのにな、と思う。小島さんに電話をかけてみる。が、やはりつながらないままだった。
 シャワーを浴びた。髪を乾かして、メイクした。服を着て、ハンドバッグを持って小島さんが入院していた病院に行ってみることにした。受付の人に聞いてみると、小島さんはすでに退院したという。
「そうですか。ありがとうございます」と言ってその足でパン屋さんに向かった。

 マリーズベーカリーに明かりはなかった。鍵を開けてみると、時間の経過が臭いとなって鼻腔に飛び込んできた。腐ったたんぱく質と活動的な微生物の匂い。吐き気をこらえて外に出た。わかったことは、小島さんはあれからここに一度も戻ってきていないということ。今空が落ちてきて、金属製の耳障りな音で、今カラ世界は終わりマースというアナウンスが流れてきてもわたしは全然あわてないと思う。でも、この現実は、そんな終末的なビジョンよりもはるかに終末的だった。

 わたしには何もなかった。コインロッカーの中のお金以外には何も。

「あなたは若いじゃない」そういえば、昨夜、そんなことを言われたような気がする。「どうしてそんなに人生に悲観してるの?」
「もう楽しいことは起きないような気がするんです」わたしはそう言った。
「後ろだけ見てたら、そうかもしれないわね」
「後ろ?」
「人生ではね、前にあるものは未知(みち)。後ろにあるものは既知(きち)。みんなそう思う。でもそれは錯覚でしかない」
「未知 unkown 機知 wit」酔ったわたしはストラグルの成果を発表するように言った。
「あら、あなた英語喋れるの?」
「ストラグルしました」
「ふふ。面白い使い方するのね。でもね、きちは既知、knownよ」
「そうか」
「そう。楽しいことがかつてあったから、そしてそれが失われてしまったから、未来にはもうあんなに楽しいことは起きないんじゃないか。それはただの甘えよ。未来と過去は対等に見ないと」

       ◆

 何かとても大切なことを昨日の人は言っていたような気がする。でも、それ以上は思い出せなかった。
 そういえば、どこかの街の雑踏で、あるいはどこかの店か車の中から「人間発電所」という曲が流れてきたときに、永里はこんなことを言った。
「なあ、ハネくんって覚えてる?」
「もちろん。私、羽生くんのファンだったから」
「おれもハネくんのこと好きだったけど、それでもハネくんが生きてて、ずっと一緒にいたらもしかしたら妬ましく思ってしまったかもしれない。今、そんなことをすげえ考える」
「何で?」
「エネルギー駄々漏れって感じだったよ。あの人は」
「エネルギー?」
「太陽と月って、金と銀、陰と陽みたいな感じで並び称されるけど、立ち居地が全然違うじゃん。ハネくんは周りに衛星みたいのがいっぱいくっついてたよ。おれはそれも嫌だった。きもいっつうか」
「きもい?」
「おまえおれのこと魅力なくなったみたいなこと言ったじゃん?」
「そうだっけ」
「おれ、インポになったんよ」
「インポって?」
「性的不全」そう言って永里は笑った。「だからかどうか知んねえけどさ、あれ、けっこうグサッときたわ」
「キミ、そんな人だった?」
「人は変わるんだよ」

       ◆

「人間はどうやったら寂しさから逃れられますか?」
 そんな話を昨日わたしはしたように思う。
 お金持ちさんは言った。「寂しさは人類のシュクアだ」と。
「シュクア?」
「持病。遅かれ早かれ、自我を持てば発病する病。それはもうどうにもならない」
「そうですか」と言った。
「でも、自我さえ隠れていれば、発病しない」
「自我」
「こうやってみんなでお酒を飲んでいるときは、寂しくない。なぜか?」お金持ちさんは言う。「この場では自分みたいなものがないからだよ。シュクアを超えよう。この場を祝そう。乾杯」

 わたしはパン屋さんを離れ、コンビニで買った缶ビールを近くの公園で飲んでいた。小島りこ、二十歳。わたし、アル中になってしまいました。

つづく
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