誰がほんとをいうでしょう、
小鳥にきいたら逃げちゃった。
  きっといけないことなのよ、
  だから、言わずに飛んだのよ。

金子みすゞ 「誰がほんとを」より

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slot-story chapter4 1/2 A half moon


月と小鳥と


不定期連載



「半月」


 空手をはじめたのは目が覚める前のことだと思う。

 わたしは八重山の小さな島で生まれ、ぱっちり目が覚めたのは東京だった。同級生からはお前は言葉使いがヘタクソだ、とよく言われた。でも、思うが、そういうあなたの方が字はヘタだ。わたしの字は美しい。自分では断然そう思う。言葉使いがヘタなのと、字がヘタなのと、これは多分まったく別の才能の働きによるものなので、あなたはあなたの道を、わたしはわたしの道を歩みませう。


 小説を読むと、小説の中の女性の話し方に惹かれる。「~なのよ」(わたしは真似をして言う)なのよ。「~なのかしら」なのかしら。今、そういう風な喋りをする人はあまりいないような気がする。わたしの喋り方は、沖縄風なのと東京風なのがごちゃごちゃ、に、なった、中途半端に残ったタコライスみたいな喋り方で、それは時に人を困惑させるらしい。エニウェイ、最近英語を学び始めた。どうしてかというと、わたしの働いているパン屋さんに来るお客さんがカナダの人で、そのお客さんは毎日休みなくやって来るから、興味を持ったのでした。

 

 そういうわけで、そのお客さんの働く英会話スクールに週に2度、行くことになったのだけど、そこで妙なことがあった。それは風の匂いが変わったばかりの秋の日で、その日の先生はカナダ人のお客さんではなく、日本語をあまり喋ることができない先生で、わたしはその日、お気に入りの半そでのシャツを着ていて、本当は少し寒かった。でも、「あなたは寒くないですか?」と英語で聞かれて、「はい、寒くないです」と答えてしまった。ノーと言えないなんて、わたしもステレオタイプな日本人なのかしら、と得意がる間も与えられず、「え? 寒いのですか?」と聞き返された。「いえいえ、寒くないです」と答えて初めて通じた。これはどういうことなんだろうか、と考えて、家に帰って寝ても覚めてもわからないので、次の日に店長の小島さんに聞いてみると、「君の発音が悪かったからじゃないか?」と言われた。でも、「イエス、アイムノットコールド」と、わたしはきちんと言ったはずだった。こういうわけのわからないことが起きると、わたしはパニックになって、呼吸をし過ぎててしまう。ふらふらっと倒れ、目が覚めると小島さんがわたしの口の前にビニール袋をあてがってくれていた。 

「すいません」とわたしは言った。

「いいんだよ」と小島さんは言った。
 小島さんは戸籍上では父となっているはずだが、血は繋がっていない。英語で言うステップファーザー。わたしは少し前までは、山崎という苗字で暮らしていたのだけど、お母さんが小島さんと再婚し、苗字が変わったのでした。けれどお母さんは家を出て行ってしまった。血の繋がったお父さんは沖縄の小さな島の土の中で、多分今も眠っている。小島さんはわたしのことを好いてくれているように思う。でもわたしは小島さんのことは嫌いではないが、好きという感じでもない。それがないと生きていけないはずなのに、わたしを時々苦しめる空気を好きになれないのと同じような感じだ。何だか今日は疲れた。すごく眠いので、眠ろうと思う。眠い、いまねむい……すごく。

       ◆ 


 おはようございます。パン屋さんの中は、いつも温かい。それはわたしを幸福にさせる温かさだ。わたしはパンの中でクリームパンが一番好きで、特に焼き立てのそれは、幸せという言葉と同じくらい価値があるようにわたしは思う。ふかふかで、ほかほかで、香りも、味も、感触も、すべてが優しくて(たまに舌をヤケドしてしまうけど)。
 

 小島さんは、パン屋さんになるのが小さい頃の夢だったといつも言う(特に酔うと言う)。パン屋になりたかった、と言うのではなく、パン屋さんになりたかった、と言うのだ。でも彼は、サラリーマンという仕事をずっとしていた。ふたりが出会ったのはお母さんの働くお店の中だった。しばらくの間ずっと、ふたりは愛し合っていたようにわたしには見えた。でも、二人は別れてしまった。そしてお母さんは、新しい恋人と暮らす運びになった。そういうわけで、わたしは幼少期にお父さんと死別し、お母さんとも別れ、血の繋がっていない小島さんと東京の西の外れでふたりで暮らしている。通信制の高校を19歳で卒業した後、小島さんのパン屋さんを手伝いはじめた。そして半年あまりが経過した。
 

 時間は同じペースでは進んでいかない。時々、遅くなり、時々、早くなる。それを制御することは難しい。お客さんの来ない日は時計の針も全然来ないし、小島さんの顔もこわばるし、わたしの顔もきっとこわばる。こわばればこわばるほど、お客さんが来ない気がしてあせってくる。でも、あせっていると、気づくと時間が過ぎていて、ダメだ、となる。でもカナダ人のお客さんは、そんな日でも来てくれる。よっぽど小島さんのパンが好きなのだろう。最近覚えた英語で気に入ったのが、ストラグルという動詞だ。努力する。もがく、あがく、じたばたする。他にも色々意味があるらしいし、否定表現で使われることが多いみたいだけど、日本人らしくて良いと思う。日本人らしい? 自分で思ったことの意味を考えているうちに頭がこんがらがってきて、ベッドの上で休むことにした。アイアムジャパニーズ、と口に出してみて、わたしはジャパニーズなのか、沖縄で生まれたから島人? 東京に住んでいるから東京人? それとも関東人? と悩みが深まる一方だったので、それぎり考えるのはやめにした。

 山崎から苗字が変わり、病院などで小島さんと呼ばれるのが、何だか自分じゃない人を呼んでいるみたいで違和感しかなかったのだけど、保険証に載る小島という字をじっと見ているうちに小鳥に見えてきて嬉しくなった。店長の小島さんは小島(こじま)さん、わたしは小鳥(ことり)さん、と自分の中で変換するようにした。わたしはよく泣く子だった、とお母さんは言っていた。お母さんは嘘つきだ。多分わたしは鳴いていたのだ。ピーチクパーチクと。この問題もそのような問題に過ぎないであろう、とわたしは仮定することにした。どうせ頭を使うなら、英単語を覚えるのにストラグルしましょう。

       ◆ 


 英会話教室の中で友だちができた。わたしは友だちを作るのが上手ではなかったから、これには少しばかり驚いた。彼女は二十一歳の大学生で、智美ちゃんという名前だった。智美ちゃんは英語がペラペラだったから、何で、ここに来る必要があるの? と思い、また、そう聞いてみると、わたしの耳元で泥棒のようにこっそりこそこそした声で、デイビッドが好きみたいなの、と言った。わたしはへえ、そうなのね、と思った。ねえ、あなたのこと何て呼んだらいい? と智美ちゃんは言う。小鳥、とわたしは言った。小鳥? どうして? ねえ、どうして? と智美ちゃんはしつこく聞いてくる。この文字、小鳥に似ているでしょ? と言って、すらすらペンで、小島と書いた。ははは、うける。小鳥ちゃんね、わはははは、と智美ちゃんは豪快に笑った。智美ちゃんがあんまり豪快に笑うから、どうしたの、どうしたの、という感じで人が集まってきた。わたしはいたたまれなくなってしまって下を向いて黙った。この話はおしまい。
 

 そんなことよりも、わたしは秘密を知ってしまった。それはただ英会話教室のテキストを読んでいて偶然気づいただけなのだけど、どうやら、英語のイエス、ノーは、日本語の、はい、いいえ、とは違う使い方をするみたいである。つまり、要するに、イエス/ノーは、方向の問題みたいである。質問に対してまっつぐか、逆か。たとえば「寒くないのですか?」という質問には、寒いならイエス、寒くなかったらノーと答えるのが正しい。これが合っているのかどうかの自信はないけれど、とにかくもう、まるっきり概念が違うということです。そういえば、~である、というのも素敵な語感である。書き言葉の語感がわたしは好きです。エニウェイ、日本人がノーと言えないのは、そもそも「いいえ」から始まる、相手を不快にさせないであろう言語表現が、ケンソン以外ゼンゼン存在しないからであり、だからこの場合のノーを日本語に訳すとしたら、「大丈夫」という表現になるだろうとわたしは思う。

「寒くない?」
「大丈夫」
 この大丈夫を英語に訳すとしたら、「ノー、サンキュー」になるでしょう? 何だか少し賢くなった気がして、わたしはその夜なかなか寝つけなかった。 

          

       ◆

             

 金曜日の夜、デイビッドに六本木に連れて行ってもらうことになった。智美ちゃんも一緒だった。小島さんはぜったい反対すると思った。だから内緒で出てきた。罪悪感みたいなのは感じなかった。むしろ何でもっと早くこの方法に気づかなかったのだろうかと不思議に思ったくらいだ。デイビッドというのは例のカナダ人のお客さんで、わたしよりも背は低いけれど(わたしが少し高すぎるのかもしれません)、とても良い人だとわたしは思う。とにかく、そこは古い西部劇に出てくる酒場みたいなお店で、暗くて、それでいてすごい大きな音で音楽が鳴っていて、内臓がガンガンするようだった。頭痛が痛むような感じがした。わたしたちは背の高い椅子に座った。デイビッドと智美ちゃんはそこからすぐに立って、どこかに行って、帰ってきた。わたしはお酒を渡されて、それを飲んでみたのだけど、美味しいとか不味いとかの前に、罪悪感の味がした。わたしは十九歳で、従って、まだ、この国ではお酒を飲んではいけない年齢であり、でも、あと数ヶ月でわたしは二十歳になるわけで、この数ヶ月で、何か劇的な変化でもない限り、条件的にはお酒を飲める年齢と変わらないという言い方もできるわけで、たとえば十八歳で飲酒が解禁される国だったら、わたしはもう飲んでもいいわけだし、でもそんな思いつきは、悪いことをしているのをごまかしているだけかもしれなくて、とても難しい問題だと思った。そのお酒は甘酸っぱかった。ピンク色をしていた。甘酸っぱさの中に苦みがあった。しゅわしゅわしているのだから、多分炭酸が入っているのだった。智美ちゃんはビールをグビグビ飲んで、ぷはあーと言った。大人というか、性別を飛び越えておじさんみたいだった。

 フロアでは様々な場所から集まって来た人たちが踊っていて、それを見ているうちに、わたしは落ち着いてきた。頭と内臓が慣れたのかもしれなかった。ここに音楽が鳴っていなかったら、こんな空気にはならないだろうし、ここにもし人が踊っていなかったら、それはそれでこんな空気にならないだろう。何よりみんな笑っている。笑っている人を見ているわたしも笑っている。乾杯、と誰かが言ったので、乾杯、とわたしも言った。誰かがチンチンと言った。それを聞いた白人の女の人が笑い出した。チンチン、チンチン。みんな笑っている。わたしも笑っている。

 智美ちゃんが次から次へとお酒を持ってきてくれる。わたしはそれを飲み、飲み、飲み、して、笑う。やがて、知り合いという垣根が消え、人種という垣根も消え、誰もが等しくわたしのような感覚がしてきて、いつしかわたしもフロアでふらふら体を揺らしていた。頭上のミラーボールがクルクル回る。それに反射したキラキラが目に入ってまぶしくて、目を閉じて、目を開けた。ほっぺたをつねってみたが、そんなに痛くなかった。ここは夢の世界なのかしら。でも、少しは痛かったから、夢の世界ではないようだった。体は自然と動いている。音に合わして、周りに合わして。そしてまた、誰かから、小さなグラスに入った茶色い冷たいお酒を渡されて、それを飲んだ。冷たい、と思うと同時に、熱くなった。わたしが今喋っているのが、日本語なのか、英語なのか、テレパシーなのか、それとも喋っていないのか、何なのか、よくわからなかった。が、わたしはわたしたちと、たくさんたくさんお話をしているようだった。音楽が鳴っていた。わたしたちは踊っていた。

 その幸せな世界を壊したのはパリン、という音だった。デイビッドが後ろから誰かにビールの瓶で殴られた。きゃあ、と智美ちゃんが叫んだ。デイビッドは頭を抱えてうずくまっている。相手は続いてわたしに掴みかかってこようとした。相手がゆっくりと動いているようにわたしには見えた。何だろうこれ、と思う間もなく、右、正拳突き。そのまま、左、上段回し蹴り。これ、わたしなのだろうか、と思うくらい滑らかな動きだった。相手はどさっと倒れた。倒れた彼を、美しいお月様のようなミラーボールが照らしていた。

「小鳥ちゃん、すごい」と智美ちゃんが言った。
 店員らしき人物が駆けつけて、男をどこかに連れて行った。だけどさっきまでの幸せは戻ってこなかった。わたしはわたし、他人は他人だった。知美ちゃんがデイビットを抱きしめながら、帰ろうと言った。
 

 わたしのどこに空手が隠れていたのだろうか、と考えたけれど、わからなかった。でも過呼吸にはならなかった。そんなものだろうな、と思ったからだった。月のきれいな夜だった。家に帰って小島さんに怒られた後、わたしは窓を開け、その半分の月を眺めていた。眠りが自然に訪れるまで。

つづく
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