文章ってのは、生まれつき文才が具(そな)わっているか、あるいは死にものぐるいの努力をしてうまくなるか、どっちかしかないんだ。

村上春樹「1Q84」から 編集者小松の言葉 


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Q&Aコーナー。多くのブログである種のグランドメニュー(定番)として使われてますね。

Q.「元気ですか?」

A.「元気ですよ!」

が、だ。質問というのはコミュニケーションの中でも難しい部類に入る。少なくとも自己表現や自己主張よりはずっと難しい。だって頭を丸めれば自己表現だし、晴れの日でもないのに和服を着るだけで自己主張だもの。そもそも質問するには知識が必要で、それにくわえて恥をかく可能性を考慮すると、なかなかできないもの。何よりそれが仕事のはずの新聞記者や雑誌記者の的外れな質問を見ていると、ねえ……。

まず最初に、誰に聞くのか? について熟慮(じゅくりょ)しなければいけない。猫に質問しても向こうに行ってしまうだけなのだから。

相手が答えられない質問はしない。それから、本当に聞きたかったとしても、「ぼくは小説家になれると思いますか?」みたいな質問は絶対にしてはいけない。

それに答えられるのは神だけである。神のみぞ知ることを人に聞いてもしょうがない。

「人間は幸せになれますか?」
NO! そんな質問をしているうちは無理だ。

抽象度の高い質問はしてもしょうがない。ただ、具象度が高いと言っても今まで何人の異性とマグマグしましたか? みたいな常識的にありえないのもダメ。そう考えていくと、質問って本当に難しい。

そんな高度なコミュニケーションの応酬をあえて無料ブログでするということは、何か魂胆があるのである。すぐ思いつくのは、とんちんかんなQを晒し者にすることにより、Aの知能を上に見せようという、公開処刑。本題を自前で用意する必要がない。つまりコンテンツとして早上がり。言うことなし。本当にそんな質問が来てるかどうかも不問。だって誰もわからない。

需要に応えるのと、需要を生み出すのは、単純に労力が違う。実はその昔、当ブログでも「質問」を募集したことがある。他人のふんどし、他人のテーマで記事を書いてみたいという欲求から、である。

で、どうだったか? 誰からも来ませんでしたw そもそも「書くこと、賭けること」は寿の撒き散らした文章を垂れ流しているだけのスペースであり、お金儲けのメソッドが書いてあるわけではないし、何か具体的なスキルが学べるわけでもない。つまり、このブログ自体が抽象性の塊、ガス星雲みたいなもの。質問者が集まるはずがない。

ということで、当ブログは質問を受け付けておりますよ。
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