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マ 
slot-story chapter2 ♯the last. 



 201X年 サンフランシスコ国際空港(SFO)


 師匠は入国審査を待つ列に並んでいた。その表情は、幾分緊張しているようだった。「次の人」英語でそう言われ、師匠は覚悟を決め、管理官の前に立った。

「パスポートを」英語で言われ、パスポートを手渡した。何を聞かれるのだろうか? 飛行機の中で、師匠は色々とシミュレートしてきた。観光。ヨセミテ。ゴールデンゲートブリッジ。リトルトーキョー。等々。が、何も聞かれず、ポンとハンコを押され、通された。こんなもんなのか、と拍子抜けしながらベルトコンベアーの前に立った。特にトラブルもなく、甲賀市のバジ絆で勝って東急ハンズで買ったトランクが流れてきた。税関を抜けるとそこはアメリカだった。


 鼻から息を吸い、口から吐いた。形容する言葉が思い当たらないが、少なくとも日本の匂いではなかった。さて、と。まずはレンタカーショップを探せって言ってたっけ。師匠はスタスタ歩いていく。

「お待ちしてました」誰かが日本語で言った。

 サングラスをかけてはいるが、その男の顔には見覚えがあった。
「元気でしたか?」師匠は言う。
「おかげさまで」男は照れくさそうにそう言った。

 建物の外に出ると、青空が広がっていた。湿度がほとんどなく、日陰だと少し寒いくらいだ。師匠は手に持っていたジャケットを羽織ることにした。
「ちょっと待っててくださいね」
「はい」
 少し待つと、真っ赤なオープンカーが現れた。

「ねえ、梅崎さん」師匠はそう言いながら車の助手席に乗り込んだ。「殺し屋から何に転身したの?」

「通訳ですかね。英語は以前仕事で覚えたんで」表情を変えずにそう言うと、梅崎はフォード・マスタングを発進させた。そして空港の敷地を出て、ハイウェイに乗った。

「色々あったね……」
 ひとりごとのような師匠の言葉を受けて、梅崎はサングラスの中の目を細めた。「師匠、おれなんかのために……本当によかったんですか?」
「……あのさあ、そろそろタメ口じゃダメ?」

「もちろん構いませんよ」梅崎は言った。「師匠は命の恩人ですから」

「俺実は、敬語って苦手なんだ」

「意外ですね」本当に意外そうな顔で梅崎は言った。

「はは」師匠は気持ちよさそうに笑う。「でも、俺もタメ口にするから、梅崎さんもタメ口ね」
「え?」

「太郎とタメだっけ?」

「そう」

「じゃあ俺の二個上だ」

「へえ、師匠落ち着いてるから、同じくらいかちょっと上かと思ってた」梅崎樹は驚いたように言う。

「案外若いんだよ。てか、師匠もやめね?」

「いや、師匠は師匠。師匠、運転してみる? カリフォルニア州は日本の免許で行けるよ」

「運転する」

 梅崎樹はフォード・マスタングを路肩に停め、山村崇と運転を代わった。

「……左ハンも右側通行もコンバーチブルも生まれて初めてだわ」

「空が見えるだけで操作は同じ。認識を逆に変えるだけ」

「キープライトね」

「イエス」梅崎樹はうなずいた。

「で、どこ目指すんだっけ?」
「ネバダ州」
「どれくらいかかんの?」
「4~5時間かな」
「遠いな」と言って師匠は笑った。「東京から名古屋までギャンブルしにいくみたいなもんか」
「アメリカは自由の国って言うけど、日本みたいにどこでもギャンブルができるわけじゃないからね」
「へえ。ネバダ州ってラスベガスがあるとこ?」
「そう。でも、おれらが目指すのはリノ。ネバダ州で二番目に大きなギャンブルシティ」

「リノ、か」山村崇の顔に笑みが浮かんだ。「いいね、リノ。めっちゃ耳覚えある」

「何で? ……ああ、スロットにそんな機種があるのか」 

「そ。てか運転久々だと楽しいね。自分たちで運転する旅行なんて太郎と熱海行った以来だわ。ねえ梅崎さん、音楽とかない?」
「実は師匠が喜びそうなのを見繕っておいたんだ」梅崎は言った。
「どんなの?」
「聴いたらわかるよ」  

 そのアニメテイスト全開の音楽は、あれだった。わかるなんてもんじゃなかった。

「轟けDREAM(from押忍!番長)」

「ありがとう」師匠は言った。「アメリカで番長聴けると思わなかった」
「でしょ」
「俺、押してみるよ」
「ん?」
「太郎は無理にしても、押してみる」
「マジ?」梅崎は笑った。「キャラ違くない?」
「いいの。you know,ここアメリカだし」
「じゃあ行っちゃってください。道はこのままずっとまっすぐなんで。何かあったらおれが補佐するんで」
「オッケイ」 


 真っ赤なオープンカーが、インターステイト80号をそこそこのスピードで駆け上がっていく。スロットの音楽を鳴らしながら。パチ屋のない国で、期待値の見えない、まだ何も確定していない未来に向かって師匠はアクセルを踏み続けた。
 

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 とあるBAR

「そっか。TKと一緒にいる日本人ってのは梅崎だったんだな」
「そう」
「梅崎、あいつ、物質じゃなかったんだな」
「普通の人ではないけどね」
「おれが34、梅崎が今年36、か」
「レンくんは自分がおっさんになったなあって思う?」
「思わねえな。だっておれまだ何もしてねえもん」
「まだ梅崎さんとやりあいたい?」
「どうだろな」
「スロットは?」
「スロットは基本、好きだよ、おれは」
「何か俺はもういいかなって」
「まあ、使える金が億を超えるやつが熱狂できるギャンブルじゃない。パチ屋はどこまでいっても庶民の娯楽なんだよ。庶民の夢を喰らって存続する業の深い装置」
「そしてその業の深い装置の中でしか生きられなかった俺たち」
「くっくっく。言うねえ」

おしまい