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slot-story chapter2 ♯6 



 黒いマツダデミオをレンタカーショップに戻し、ふたりはタクシーで新宿の事務所に戻った。

「なあマツ」梅崎は言う。「タバコはせめて換気扇の下で吸ってくれないか。気分が悪い」

「わかった。てか何でマツなん? 太郎や言うてるやん」

「おまえがウメって呼ぶからだろ。おまえがおれのことを梅崎と呼ぶ。そしたらおれも、おまえのことを松田と呼ぶ。それがフェアなトレードだ」

「いや、ちゃうやん。おれは太郎って呼べって言うてるねんで。おれ苗字嫌いやねん」

「何で?」

「家を好きになれへんかったからちゃう」

「……おまえの父親ってどんな人?」梅崎が他者のプライベートについて質問するのは初めてのことだった。

「……」

 太郎は少し迷った後、自分の生い立ちをかいつまんで話した。代々医療に従事する家系に生まれたこと。ひとり息子だった太郎が松田医院を継ぐはずだったこと。しかし反発からレベルの高くない私大の経済学部に進学したこと。そこで覚えたスロットで人生が変わってしまったこと。借金を抱え、流れ流れて組織に入ったこと。

「やっぱボンボンなんじゃねえか」梅崎は言う。「そうだよな。おまえみたいな人間を育てるにはコストがかかる」

「つうか生まれは自分では決められへん」

「親に感謝してない時点でボンボンなんだよ」

「おまえ親おらんのちゃうん?」

「育ての親のつくった養護施設はまだある。でも、その人はこの世にいない」

「そうか」
 

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 翌日、ふたりは太郎が以前通ったパチ屋を片っ端からめぐることにした。その男を発見したのは7軒目のことだった。

「お、いたいた。サダオくん、まったく変わらん姿勢でスロット打ってはるわ」

「つうか、マジでうるせえな。パチ屋って」

「そうか? 心地いいくらいやけど」

「うるせえしタバコくせえし。で、あの男がおまえの想い人か」

「元、相棒」

「線の細い男だな」

「見てくれは似てへんけど、中身はおまえとそっくりやで」

「どこが?」

「ま、ええやん。ほな行こか」

「挨拶しないでいいのか?」

「あいつの世界を邪魔したくねえんだよ」太郎は東京弁で言った。「あいつが今日もスロットを打ってるってだけでおれは救われたよ」

「おまえ、この一瞬のためにおれを連れまわしたのか?」

「うん」
「……」
「よっしゃ。帰ろか、おれらの街に」

「別に大阪はおまえの街でもないけどな」

「ええねんええねん」

「ずっと思ってたけど、おまえの大阪弁きしょいよ」

「ええねんええねん」

 梅崎はひとりの男を思い返していた。

「おまえおれに興味あるだろ?」と言った年下の男のことを。
 風貌は違う。喋りかたも違う。でも、何かが似ていた。それは前に向かう力。推進力みたいなものだった。郷愁。それは梅崎にとって極めて異例の感情だった。梅崎の意識は変化していた。少しずつではあるが、確実に。