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slot-story chapter2 ♯2


 サカキバラリクは、「個性派」と呼ばれる型破りな演技が売りの俳優だった。
「ちょ、ちょ、ちょ待って」太郎は素朴な疑問を口にした。「何でなん? 何でおれらが有名人をしばかなあかんの?」
 梅崎はあからさまに嫌そうな顔をした。依頼の理由を問うてはいけない。そんな基本的なこともこいつはわからないのだろうか? ……まずいな、と思う。こいつといると、ペースが狂う。静かに息を吐き、心を静めた。
「この人ね」そう言いながら、ママはどこか違う宇宙を覗くように太郎の顔を見つめた。「バイセクシャルなのよ」
「……で?」太郎は首をひねる。
「それでいて、悪食なの」
「……で?」太郎はなおも首をひねる。「意味わからん」 
「セクシャルマイノリティの世界にもね、住み分けみたいなものがあるの。この人は全部を奪おうとする。レズビアンも、ホモセクシャルも、バイセクシャルも、ノンケも。何もかも。どんな世界にもタブーというものがあるのよ。この人はそれを破ったの……」
「ノンケって何?」
「あなたのことよ」
「馬鹿ってことだ」梅崎は思わず口にしてしまった。
「ハハ」ママは笑った。
「ちょ、待って」太郎は言う。「おかまの人って、基本的におかまの人のことを好きになると思っててんけど、ちゃうの?」
「あら嫌ねえ。その気のない人のことをノンケって私達は言うけど、100%のノンケってのはいないものよ。100%のサディストも100%のマゾヒストもいないように、ね。生命体っていうのは役割の演じ合いなのよ。これは私の持論だけど」
「マジで? そんなん考えたこともなかった」
「……なあ、おまえの話なんてマジでどうでもいいんだよ」梅崎は太郎の耳元で早口でまくしたてた。「今おれたちは仕事をしてる。黙ってやるか、おれにまかせて大阪に帰れ」
「何言うてんねん。おもろそうな仕事やんけ。新しい扉が開くかもしらんやん」
「おまえの興味なんてどうでもいい」
「ほんといいコンビね」ママは笑う。
「すいません。依頼の件ですが、どこまでやりましょう?」梅崎は確認のために聞いた。
「今はオフ期間のはずなので、死なない程度に。ただ、顔はやめてあげて」
「承知しました」梅崎は静かな口調でそう言った。
「お願いします」ママは悲しそうな顔で言うと、梅崎の手に前金で二十万円を渡した。

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「ちょ、梅、どっかで一杯飲んでかへん?」
「おれは酒は飲まない」梅崎は即座に答えた。
「おまえもかたいやつやのお」太郎は嘆息する。
「ダラダラ時を過ごすのは時間のムダだ。この足でサカキバラの家に向かうぞ」
「は? マジで言うてんの?」
「あたりまえだろ。おまえ仕事を何だと思ってるんだ?」
「え? フィーリング?」
「……もしもし」梅崎は折りたたみ式携帯の電話口に向かって言った。「桜井班長。この仕事はひとりでやらせてもらえないでしょうか」
「何か問題あった?」桜井時生は言う。
「彼がいると、仕事に支障をきたす恐れがあります」
「ダメだ」桜井は言った。「ふたりでやるんだ。これは命令だ。以上」
 電話は切れていた。
「おまえさあ」と太郎は言う。「そんなんで人生楽しいか?」
「楽しい? 楽しいって何だ? 仕事に楽しいもクソもない。いいか。おまえが何を思おうがそれはおまえの自由だ。でも、仕事は別だ。一緒にやれという以上、おまえは近くにいろ。それだけでいい。おれはおまえに何も求めない。だが、邪魔だけはするな」
「わかってるって」全然わかってないような態度で太郎は言った。梅崎は感情を抑えるのに精一杯だった。

 京王線笹塚駅から歩いて10分ほどのところにサカキバラの住むアパートはあった。
「ここで張る」梅崎は言う。
「……ここに立ってるってこと?」
「そうだ」
「不審者まるだしやんけ」
「そうだ。だから交代で張る。おれは今からレンタカーを借りてくる。おまえはここで待ってろ。で、何かあったら連絡しろ。いいな」
「……マジ?」

 太郎は待つことが嫌いだった。パチ屋の並びも大嫌いだった。だから相棒ができるまでは、並ぶ必要のない店にしか通わなかった。収支は安定しなかった。100万勝つ月もあれば、50万へこむ月もあった。相棒ができて、渋々並びに参加するようになってから、収支は格段に安定した。そのときのことを思うと、なぜか胸が焦げるように痛む。京王線沿線はふたりの活動拠点だった。サダオは元気でやってるだろうか? まだスロットを打っているだろうか?

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 梅崎が借りたのはマツダの黒いデミオだった。借りた後で、あいつに合わせてマツダを借りたみたいじゃないか、と頭を抱えた。……まあいい。借りてしまったものはしょうがない。
「動きは?」梅崎は聞く。
「ない」太郎はぶっきらぼうに答えた。「たぶん」
「おまえ、見張りの経験は?」
 太郎は首を振った。
「いいか。待つという感覚は捨てろ」
「どういうことやねん」
「おまえの肉体が目だと考えろ」
「意味わからん」
「見張りはすべての仕事の基本だ」梅崎は牙大王に向かって言うことになる言葉を口にしていた。「見ると見張るは違う。時間ってのは生き物と同じだ。そいつを見張る。注意深く、真剣に、片時も気を休めずに」
「……おまえってどんな風に育ったん? 学校とか出てんの?」
「公的な学校に属したことはない」
「何で?」
「何ででも」
 太郎がデミオの助手席で寝入ってしまってからも、梅崎はひとり闇に溶け、黙々と任務を継続した。朝の光が梅崎の体をおぼろげに映し出すまで。

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 ここはどこだろう、と梅崎は思う。自分は誰だろう。梅崎は日々そのような疑問と共に起床する。おれの名は梅崎。今は新宿区にあるマンションの一室にいる。結局、昨夜はサカキバラに動きがなく、事務所に戻って仮眠を取ったのだった。現状を把握した梅崎は立ち上がり、顔を洗った。そして太郎を起こそうとした。
「おい、起きろ」
「……」太郎は敷くものもかけるものもないフローリングの床の上で、まるで住み慣れた自宅のように爆睡していた。
「おい、起きろ」
「ん?」と太郎は言う。「ここどこや?」
「昨日借りた事務所だ」
「事務所? ああ、マンションな。紛らわしい言い方すんなや」
「仕事で使う言葉は正確性を求めるために特別な言い方をする。おまえは一体何を組織に捧げた?」
「細かい話はええやんけ。ほんで梅、今から何するんやった?」
「おれたちは友だちじゃない。苗字を略すな」
「じゃあおれのこと太郎と呼ぶか?」
「それとこれが等価値のはずがない。おまえ頭おかしいんじゃないか? 何でおまえみたいな世間知らずのボンボンがこの世界にいるんだ? とっとと実家に泣き帰れよ」
「誰がボンボンや。おまえ、殺すぞ」そう言って太郎は立ち上がり、梅崎の胸倉を掴んだ。
 梅崎は笑った。「殺すぞ、という言葉は心の弱さのアピールにしかならない。覚えとけ坊ちゃん」
「殺す」太郎はそう叫びながら梅崎に殴りかかっていた。しかし太郎の右拳は、梅崎の頬をかすめもしなかった。代わりに重い塊がみぞおちにめり込んでいた。梅崎の膝だった。一瞬のできごとだった。
 しばらくの間、太郎は呼吸ができずにのたうちまわっていた。フローリングの上でクネクネと体を動かしながら、「おまえ、強いなあ」と言った。「どこで習ったん? おれにも教えてえや」
「……」
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