「おい牙」
「ん? 何やリバ。てか、おまえどっから来たん?」
「ええやんそんなん。それよりわしら復活するって聞いた?」
「それマ?」
「マ」

マ 
slot-story chapter2 ♯1


 とあるBAR

「ねえ、レンくん、梅崎さんってやっぱ強かった?」
「強いなんてもんじゃねえよ」
「どれくらい?」
「物質。そんな感じ」
「何だそれ」
「つうかルイ、あいつまだ生きてんの?」
「うん」
「何してんの?」
「今アメリカにいる」
「何で?」
「長い話だけど、聞く?」
「かいつまんで話して」
「あれは2007年、だったかな」


 二〇〇七年、大阪


 梅崎は桜井時生率いる桜井班に移動したところだった。梅崎は若くして組織の一員になった人間ではあるが、特別な職務ゆえ、正式に班づけになるのはこれが初めてだった。大所帯の桜井班の中で最も目立つ男、それが太郎こと松田遼太郎だった。

「おまえが噂のキリングマシーンやな」太郎は言った。「おれのことは太郎って呼んでんか」

「……」
「プリーズコールミータロー。オーケー?」
「……」 

 梅崎は感情の制御に長けていた。そんな梅崎でも、太郎の態度には苛立ちを隠すことができなかった。心に浮かんださざなみが鬱陶(うっとう)しい。何でコイツは東京出身のくせに得意げに大阪弁を話す? どうして新人のくせに一番態度がでかい? 何なんだコイツは? 

「おっす」桜井時生は軽い口調で言った。

 梅崎は頭を下げる。

「これはオフレコで頼みたいんだけど」梅崎の耳元で桜井は言った。「君、たけさんのアレだろ」

「班長」梅崎は言った。「自分は桜井班長の手駒です。どんな命令も遂行します」

「顔硬いよ、梅ちゃん。あ、ちょうどいいや、おい松太郎、おまえ梅ちゃんとふたりで出張してこいや」

「出張すか」太郎は面倒くさそうな声で言う。「どこへ?」

「シンジュクー」

「新幹線ですか?」

「イエス。のぞみで行ってこいや」

「わっかりやした」太郎は笑顔で言った。

「……」梅崎の心の中は嫌悪感で一杯だった。こんな感情は初めてで、どう扱っていいかがわからなかった。しょうがない。わからないことは考えない、梅崎の哲学だった。


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「なっつかしいのお」太郎は大げさな口調で言いながら、品川から山手線に乗り換え、新宿で下車し、ルミネ前のエスカレーターを下り、喧騒の中をぐいぐい進んだ。

「おまえさあ、横歩かへん? 何か寂しいやん」

 太郎の問いかけに梅崎は首を振った。「おれらは友だちじゃない。横並びで歩くより、前後のほうがリスクが少ない」

「マジで。そんな意図あったん」

「……」

「ちょ、悪い」何かを思い出したように太郎は言った。「おれパチ屋で便所」

「……」


「むっちゃ悲しいわ」戻ってきた太郎はそう言った。

「……何が?」思わず聞いてしまった。

「スロットの代わりに板が置かれとる……」

「意味がわからない」梅崎は言った。

 みなし機が一斉撤去されたこの時代、小規模店は苦肉の策として、かつて4号機のあったスペースを板で埋めていた。5号機を導入するくらいなら板でスペースを埋めろ。後に言うベニヤ板時代である。5号機はそれくらい嫌悪されていた。客にも、そして店にも。

「おまえパチ屋って行ったことある?」太郎は聞いた。

「ない」

「おれの人生はパチ屋からはじまってん」

「意味がわからない」梅崎は言った。「そんなことよりも、早く仕事を済ますぞ」

「何かおまえ、あいつに似とるな」

「は?」

「まあええわ」


 ふたりにくだった指令は、事務所の設営だった。とはいえマンションの一室を借り、生活環境を整えるだけの、成人なら誰でもできる簡単な仕事だった。ふたりは桜井の指示にあった不動産屋に入っていく。

「いらっしゃいませ」髪の長いホスト風の男が言った。

「あのお」太郎は阿呆のような声で言う。「部屋をね、探してるんですわ」

「どのようなお部屋でしょうか」

「新築か、あるいはそれに近い2LDKの部屋を」太郎にまかせてはおけないという風に梅崎が口を出した。

「エリアとしては、どのあたりでお探しですかね」

「新宿二丁目。徒歩圏内で」

       

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「疲れたな」

 家具のない一室で、太郎はそう呟いた。

「マツダ、おまえはまだ何もしていない」

「太郎って呼べ言うてるやろ」

「おれたちは友だちじゃない。おまえはおれの上役でもない」

「じゃあこれは同期のお願いってことで頼むわ」

「意味がわからない」うんざりしたように梅崎は言った。

「こだわりや」

「意味がわからない」

「おまえさ、今日一日で何回それ言った? 意味わからんって口癖か」

「一応、聞いておくが、何で太郎なんだ?」梅崎はつい、心に浮かんだ疑問を口にしていた。

「あいつに太郎と言ったから、おれの名前は太郎。ハッピバースデー太郎」

「意味がわからない」

「出た」と言って太郎は笑った。

 ポケットの中で折りたたみ式の携帯が振動していた。

「もしもし」と言って太郎は電話に出た。桜井時生だった。

「部屋は借りたか?」

「ういっす」

「そうか、じゃあ今からオレが言うところにふたりで向かってくれ」

「ういっす」

 桜井の言った住所にあったのはBARだった。入ってすぐにカウンターがあり、中には7人の男性従業員が立っている。

「いらっしゃいませ」
 とまどうふたりの前に、艶やかな着物を着た男性がトコトコ近づいてきて言った。

「どうもはじめましてえ。この店のママですう」

「……」

「松田さんに梅崎さんね」

 ふたりはうなずいた。

「こっちへどうぞ」


 そのカラオケボックスのような個室は、麝香(じゃこう)のような複雑な香りが漂っていた。頭上にはミラーボールが回り、巨大なテレビモニターがあり、マイクスタンドがあった。

「今日は松梅ブラザーズにお願いがあるのよ」

「あのお」太郎は目を瞬(しばたた)かせながら言った。「展開が速すぎて目シパシパすんねんけど、ショウバイブラザーズって何?」

「やめてー」ママは恥ずかしそうに言った。「思いつきの言葉を説明してって言われてもできない。『だっふんだ』ってどういう意味? って言われても説明できないでしょう」

「それで、ご依頼はどういったものでしょうか」あくまで冷静に梅崎は言った。

「対照的なふたりねえ」感心したようにママは言った。「松梅じゃなくて、ウメマツブラザーズのほうがいいかしらね」

「……」

「タバコ吸ってもいい?」太郎がそう言ってタバコをくわえると、ママは帯揚げに挟んでいたデュポンのライターを取り出して、甲斐甲斐しく火をつけた。梅崎はタバコの香りが苦手だった。酒の香りも苦手だった。そしてこの麝香のような香りも。が、それはおくびにも出さなかった。

「でね、あなたたちにお願いしたいのは、この人にお灸を吸えてほしいってことなのよ」ママはそう言って、写真を取り出した。

「これ、サカキバラリクやん」太郎はすっとんきょうな声をあげた。「お灸って、しばくってことやろ!?」

「期日は?」
 梅崎のビジネスライクな質問に、ママはこう答えた。

「可及的速やかに」