耳を貸すべきは耳障りのいい言葉よりも、耳に痛い言葉

永里蓮
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第三章「永里蓮、絶望の淵で」


「あの、桜井さん」
「ん?」
「船橋から神戸まで急いだらどれくらいでつきますか?」
「550kmくらいかなあ。法定速度だと7時間。飛ばせば4時間とかでつくんじゃね。運転大変だけど」
「じゃあ船橋に寄って、綾香を救った後に神戸に行くことは可能ですね」
「それはたぶん無理だな」
「どうしてですか?」
「あの母ちゃんがそんな抜け道用意すると思うか?」
「桜井さんは母に会ったことあるんですか?」
「昔ちょっと世話になったんだよ。世話っつてもあっちじゃねえけど」
「……そうすか」
「ぶっちゃけると、おれのかつての上司の妹さんなんだよ。おまえの母ちゃんは」
「どうして母が非合法集団に噛んでるんですか?」
「非合法集団じゃない。『組織』だ」
「でも非合法でしょ」
「……」
「綾香と氷野のどちらかを選べなんてそんなのが法治国家で許される話なんですか?」
「蓮、おまえは法律に守ってもらいたいのか?」
「……」
 桜井さんと会話をしながらも、おれは氷野のことを考えていた。彼女を初めて見た日のこと。仲良くなった日のこと。太ももに触れた日のこと。一緒に見た六甲ガーデンテラスからの神戸の夜景。たくさんのケンカ。たくさんの仲直り。唾液の交換。粘液の交換。たくさんの交感。
「ちょっと電話したいので車とめてもらってもいいですか?」
「いいよ」

       Φ Φ Φ

「もしもし」おれは言った。「氷野?」
「デン? どうしたん?」
「なあ、氷野、ちょっと自分の太もも自分で触ってみてくれへん?」
「は?」
「お願い」
「はい。触ったで」
「どう?」
「どうって何?」
「もちもちやん。すべすべやん」
「うん、何? 変態?」
「うん」
「まあ知っとうけど」
「おれも今、ジーンズの上から触ってるねんやんか。おれとおまえ、同じ人間のはずやん。何でこんなちゃうねんやろ」
「デン、あんた何言うてんの?」
「人の染色体ってXXが女、XYが男なんよな」
「はい? 何の話?」
「Yの部分が女々しさのもとなんかな」
「デン?」
「なあ、氷野、100年経っておれらがこの世界から跡形もなく消えてしまっても、おれらが出会った事実は消えんよな」
「蓮、わけわからんって。あんた酔うてんの?」
「なあ、氷野。好きだ」
「うちもやで」
「氷野、愛してる」
「……蓮?」
「出会ってくれてありがとう」
「なあ蓮。やめてや。そんなん言わんといてよ。おまえはおれの後ろに貼りついたまま後ろ向いとけやちゃうん?」
「アキ。ごめんな。もしかしたらもう会われへんかもしれんけど、おまえはおれが守るから」

       Φ Φ Φ

「心は決まったの?」桜井さんは言った。
「はい」
「もう戻れないけど、いいんだな?」
「はい」
 セルシオのスピーカーはBuddha Brandの「人間発電所」を鳴らしていた。緑の五本指。飛ぶ葉。飛ぶ火。明滅する車のバックライト。都内のストリート。映画のラストシーンのように心穏やかな時間だった。おれの大切なもの。何よりも大切なもの。それだけはなくしたくないもの。おれの守りたいもの。神様、仏様、いる? いるかどうかはわからないから、絶対に訪れる未来を生きる未来人のおまえ。なあ、未来のおれは未来でも笑ってるか?
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