だから日本人はダメなんだよ、とか言うやつがいるけど、誰か忘れてねえ?
 

永里蓮
KIMG5690
xyz♯91
第三章「永里蓮、絶望の淵で」


 ライブハウスは静まり返っていた。その中でカイザーだけが喚いている。それだけ喚けるなら大丈夫だろう。舞台袖から男が数人現れ、カイザーを担架に乗せ、運んでいった。
「はい」先ほどの司会とは別の、黒のストライプのダブルのスーツを着た強面(こわもて)の男が言った。「前説でも言ったように、この勝負に負けたIA連は現時刻をもって解散」
「ちょっと待てよ」と言ったのはマリオだった。「そいつ、武器使っただろ。反則だ」
「プロレスラーの筋肉は武器じゃないのか?」強面が言う。
「……」
「なあマリオ、おまえダサすぎて吐きそうだわ」おれは言った。
「勝手に吐いてろ」
 マリオはつかつかとマイクを持つ男に近づいていった。途端に男は倒れ、マリオは痙攣する男の体に馬乗りになると、男の顔面を殴りだした。
「おい、おまえら、めちゃくちゃにしちまえ」マリオが叫ぶと、さっきまで静まり返っていた観衆がステージになだれこんできた。
 一瞬、どうしようかと思案して体が固まってしまった。気づくと男たちに取り囲まれていた。ふう、と息を吐く。状況を見る限り、絶望的だった。が、もうひとりの冷静な自分が言う。桜井さんがまとめた話だ。組織とかいう組織の誰かがここにいるはず。のらりくらりと距離を取りつつ間合いに入ってくる敵をしばいているうちに大音量でタイガーマスクのテーマが鳴り出した。

       Φ Φ Φ
 
 袖から現れたタイガーマスクのお面をかぶった男が一直線に駆け寄りマリオを羽交い絞めにした。
「このまま落とされたくなかったら、あいつらをとめろ」タイガーマスクは言った。
「……おまえらやめろ」マリオは言った。
「そのまま外に出ろ、と言え」タイガーマスクは言う。
「おまえらそのまま外に出ろ」
 マリオの私兵たちは混乱していた。タイガーマスクはぎりぎりとマリオの体を縛る力を強めた。
「早くしろ」あせったマリオは声を裏返して言う。
 マリオの私兵たちは退去をはじめた。
「後で連絡するからそのまま帰れと言え」タイガーマスクはマリオの耳元で言う。
「後で連絡するからそのまま帰れ」マリオは声を裏返しつつ言った。
 マリオのその姿があまりにもダサく、本当に吐きそうだった。

       Φ Φ Φ

 IA連の消えたライブハウスは祭りの後の静寂に包まれていた。
「さーて、どうすっか」そう言って現れたのは桜井さんだった。
「おまえが今暴行を働いたのは紫櫻会の山下さんだけど知ってた?」
 桜井さんの後ろにはサングラスをかけた男が立っていた。その男はつかつかとステージに歩み寄り、銃を取り出すや否や、倒れている男に向けて発砲した。黒いストライプのダブルのスーツを着た男の呼吸は、その乾いた音とともに停止した。マリオはタイガーマスクに掴まれたまま、ガタガタ震えている。
「許してください」振り絞るようにマリオは言った。「勘弁してください。何でもします」
 桜井さんは言う。「いいか、今から言う言葉を一言一句違(たが)えずに覚えろ」
 マリオはうなずいた。それから携帯を取り出して、桜井さんに言われた通りのセリフを仲間に向けて言った。
「おれは逃げる。おまえらは好きにしろ」
 マリオが電話を切った瞬間、タイガーマスクはマリオから離れ、銃を持った男が真っ白な顔で立ち尽くすマリオに向けて発砲した。マリオには自己弁護も自己主張も許されなかった。マリオの体はガクンとふたつに折れ、倒れ、二度と立ち上がることはなかった。銃を持った男が人差し指を数度曲げただけでふたつの命が消えた。かめはめ波よりも現実離れしているように思えた。焦げ臭い匂いだけが現実世界のものだった。

       Φ Φ Φ

 タイガーマスクがおれの肩を抱いて耳打ちした。
「話がある」
「黄泉、さん?」
 おれたちは舞台の袖まで移動した。そこにもスーツ姿の男が2人倒れていた。山下という人の仲間かもしれない。
「すまないが、これから私は所要で出かけなくてはいけない」
 相変わらず話の脈略が読めないな、と思いながら「何の話ですか?」と聞いた。
「ここ数週間、私と梅崎とで君の身辺警護をしていた」
「マジっすか?」
「マジっす」黄泉は笑った。「とにかく、私は君を守れなくなる。君は何とか自分の身を自分で守ってほしい」
「誰からですか?」
「あらゆる脅威から。じゃあ」
 そう言ってタイガーマスクのお面をかぶった黄泉は消えた。代わりに袖から出てきたのはゴリ、タカタ、倉石だった。
「さてと」桜井さんは言う。「これで君らも一蓮托生だ。覚悟はできてるかな」
「はい」と言ったのは倉石だった。
「よし。じゃあ、後はうちの人間にまかして、君らは打ち上げでも行ってきなよ」桜井さんは倉石に数枚の万札を渡した。
「桜井さん」おれは言った。「おれらを利用したんですね?」
「というか、一挙両得」桜井さんは悪びれずに笑みを見せた。「君らは君らで目の上のたんこぶがあった。おれらはおれらで邪魔な勢力がいた。山下は袴田マリオが殺した。ということになった。紫櫻会も馬鹿じゃない。真実なんてすぐ気づく。でも、ダメなんだ。既成事実は変えられない。自分のシマ内の面倒を商売敵のウチに任せたのが運の尽きだったね」
「IA連はこれからどうするんですか?」
「10代でイキがってても20代、30代とその姿勢を貫ける人間は多くない。霧散(むさん)するよ」
「……」
「ごめんな」桜井さんは頭を下げた。「結果的に君をだます形になった」
「綾香はどうしてますか?」
「大学受験に向けて勉強してる」
「……そうすか」
「言いたいこと、聞きたいこと、たまってるものもたくさんあるだろうけど、今日のところはみんなで酒でも飲んできなよ」

       Φ Φ Φ

「このメールを蓮くんが読んでいるときは私はもうこの世界にないでしょう。というのは冗談で、タイムラグなんてあるわけないのだから、もちろんこのメールが蓮くんの携帯に届く時間に私は生きています。勉強してます。精一杯生きてます。ねえ、蓮くん。小さい頃は連絡の連って書いて蓮くんに怒鳴られてたけど、私、蓮っていう字が上手に書けるようになったよ。メールじゃ伝わらないのが残念だけど。」

       Φ Φ Φ

「ごめんね。何度も。携帯電話持つの初めてで、誰かにメールするの初めてで。蓮くんは言ってたよね。人生は不運からはじまるって。その不運、本当に不運だったのかな?」
にほんブログ村 スロットブログへ
つづき読みてえ、と思ったら押したって。   

♯92へGO!