安住するなら修羅場にしとけ。


永里蓮
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xyz♯89
第三章「永里蓮、絶望の淵で」


 9月26日、決戦前日、珍しく祖母が朝から家にいた。
「蓮」祖母は言う。「たまには一緒にパチンコ行こうか」
「うん」と言った。
 今間のドリームに入り、現金機を並んで打ちながら(もちろん遊技代は祖母の財布から出る)会話をかわす。
「あんた高校行ってないんだって」
「うん」
「どうすんの?」
「神戸に戻ろうかな」
「その後は?」
「その後って?」
「蓮、普通の人間は直近の目標と最終的な目標を同時に掲げたほうがいいんだよ。どちらかひとつだと破綻する。目の前がより大きなもののために、より大きなものが目の前のために。そういう補完関係をつくってやったほうが成功しやすい。常に今日のことだけを考えられる人間と、常に明日だけを見てる人間は、特別な人間だけだ。あんた、特別な人間じゃないだろ」
「そうかな?」
「私の孫だよ」祖母は笑う。「特別な人間のはずがない」
「ああそう」と言っておれも笑う。
「このリーチ当たるね」
「それ33.3%だよ。まあ熱いとは思うけど」
 祖母は首を振る。「確率なんて関係ない」
「関係ないことない」
「このリーチが外れたら、この台は打つ価値がない」祖母は自信満々に言い切った。
「66%は外れるけどね」おれは言う。
 が、そのリーチは当たるのだった。
「ね」祖母はほれ見たことか、という顔で胸を張った。
「ねえ、ばあちゃん」おれは言った。「ばあちゃんってもしかして特別な人間なんじゃね?」
「ふっふっふ」親子に間違われるほど外見の若い祖母は笑う。
「ばあちゃんにとって短期的な目標は何?」
「今日を楽しむ」祖母は言う。
「じゃあ、長期的な目標は?」
「大往生」祖母は言う。
「どこが普通の人間の目標なんだよ」おれは笑った。「つうか、短期目標と長期目標を同時に掲げられるのって、特別な人間のほうだと思うんだけど?」
「そう?」
「だってどっちも失敗したときのダメージが大きすぎない?」
「失敗、か。それは考えたことなかった」
「……ああそう」
「じゃあいいよ。あんたはあんたの思うままに生きればいい」
「うん」

       Φ Φ Φ

 そして9月27日がやってきた。おれはいつものようにパチ屋に向かい、19時になって迎えにきたゴリの案内で今間にあるライブハウスに向かった。どうやらそのステージの上で戦え、ということらしかった。観客席はすでにむさ苦しい男どもですし詰め状態だった。マリオの私兵だろう。
 控え室には倉石とタカタがいた。
「おまえ怪我してね?」倉石が言う。
「こんなもん怪我って言わねえ」おれは言い返す。
「が、がんばれ」タカタは言う。
「おう、頑張る」
「兄貴、負けんなよ」ゴリは言う。
「おう」
「相手は大学のレスリング部だってよ」倉石は言う。
「ああそう」
「そんだけ?」
「誰だっていいよ。ちゃちゃっと終わらしてみんなでハネくんの墓参り行こうぜ」おれは言った。
「そのことなんだけど、おれ、この一週間考え続けて考えたんだ」ゴリはおかしな日本語で言った。
「何を?」
「こんなのどう?」ゴリは言う。「ハネレン」
「……は?」
「かっこよくね? ハネレン」
「……」
「おれら4人でハネレン。ハネレン対IA連。負ける気しないだろ?」ゴリはどうだ、という顔で言う。
「バテレンみたいだな」とおれは言った。
「バテレンって何?」
 カトリックの修道士が日本を目指した経緯を説明するのも面倒だったので、「神父」とだけ答えた。ゴッドファザーってことか? かっこいいじゃん、とか何とか言うゴリを無視しておれは言う。
「なあタカタさん、あんたの目的は何なの? あんた前は何人も手下みたいなやついたじゃん。そいつらはどこ行ったの?」
「ま、マリオの軍門にくだった」タカタは答える。「お、おれは、ゴリラと、クライシと、おまえみたいに熱いやつが好きだ。さ、最後の祭りを楽しみたいだけ、それだけだ」
「倉石は?」
「やっぱハネさんじゃね。本当はおれが代表したいけど、おまえには勝てないしさ、おまえがハネさんを代表してくれてるとおれは思ってんよ」
 おれは首を振る。「おれは誰も代表しない。でも、今回だけはおまえらの顔を立ててやる」

       Φ Φ Φ

「レイディースエーンジェルメーン」マイクを持ったやつが言った。
「どこに女いんだよ」観衆の誰かがお決まりの突っ込みをする。
「まずは下手(しもて)から登場、IA連にケンカを打ったオバカさん。ハネレンから、永里蓮ー」
 おれがステージに出ると、盛大なブーイングが巻き起こった。ふん。これはこれで気持ちいい。
「そして上手(かみて)から登場、我らがボス。伝説の配管工、トップオブザワールド、袴田マリオー」
 うおおおおおおおおおおおおおお……バカどもの歓声が響く。
 つうかマリオ? 大学生じゃねえの? まあいいか。
「両者、言いたいことは?」マイクを持った男が言った。
 おれは首を振り、マリオも首を振った。
「それでは無制限一本勝負をはじめます」カーンと鐘が鳴った。「ファイ!」
 マリオが近づいてくる。武器を警戒しつつ、ガードを固める。マリオはこっちの警戒をよそに、突っ込んできた。おれはマリオのスピードに合わせてパンチを放つ。スパン、と当たる。マリオは大げさに倒れ、立ち上がり、マイクを握った。
「おれは弱い」これから歌いだすんじゃないか、というくらい芝居がかった態度でマリオは言った。「こんなおれだけど、おまえら、いいのか?」
 観客はうおおおおおおおおおおおおおおおおおおという歓声をあげる。何だこの茶番?
 マリオは再びおれの間合いに入ってくる。おれはそれを拳で叩く。マリオは再び大げさに倒れ、マイクを握る。「すまない。こいつは強い。どうすればいい?」
 ボス、ボス、ボス、ボス、ボス、という合唱が起きる。マリオは「交代カード」と叫び、司会にマイクを渡す。「おーっと、袴田マリオ、ここで交代カードを使うようです。上手から登場するのはーカイザー野瀬ー」
 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、という歓声があがる。どこかで見たことあるな、と思ったら、テレビで見たことのあるプロレスラーだった。何が大学のレスリング部だよ。クソ。
「ちょっと貸して」とマイクを借りて、「交代カード」と言った。
「おーと、ここで永里蓮、交代カードを使う。が、残念。カードの期限が切れている」
 何なんだよこのクソみたいな茶番は。おれは鼻で笑うと、レスラーに向かって走り出した。
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