迷う、気づく、決断する。その果てしないループの中で前進してると信じたい

永里蓮
IMG_9020
xyz♯56

第三章「永里蓮、絶望の淵で」


 学校に行く代わりにパチ屋に向かう。朝から晩までスロット。帰って就寝。翌日も朝から晩までパチ屋でスロット。帰って就寝。翌日も同じ。世を忍ぶ隠れ家であり、職場であり、居場所。遊び場であり、学び舎。パチ屋。ありがとう。その場所に、何よりユーザーに。X-Y=Zというシステムに。

       Φ Φ Φ

 シャワーを浴びながら鼻歌を歌っている自分を発見して戸惑った。浮かれてはいけない。浮かれてはいけない。浮かれてはいけない。そうは思いながらも口角が上がってきてしまうのだった。感情を優先してはいけない。そうは思うがダメだった。どうやらここらへんにおれの限界がありそうだった。
「なぜ山に登るのか?」そこに山があるからだ、と登山家は答える。
「なぜスロットをするのか?」そこにパチ屋があるからだ、と永里蓮は答える。
「なぜセックスをしたいのか?」「なぜ眠るのか?」「なぜ腹が減るのか?」
 全部同じだ。本能だ。
 が、山に登りたくない人が山を登るのは苦痛。パチンコ、パチスロに興味がない人にとってパチ屋は地獄。セックスしたくない人とセックスするのは犯罪だ。どうして風呂に入ると自意識は饒舌になるのだろう? 体温と感情は相関関係があるのだろうか?

 風呂から出てビールを飲んだ。これは本能ではない。たぶん惰性だ。狂ったようにあった性欲が、氷野の声を聞いて以来、なりを潜めている。オナニーすらする気にならない。これは何だろう? 自分の行動や、感情や、自分という人間の在り方、方向性を把握したかった。コントロールできないのは嫌なのだった。
 神戸から持ってきた中学の卒業アルバムを開く。どうしておれはこんなものを持ってきたのだろう? あのとき氷野はミキモトと付き合っていた。……おれは未練たらしい男なんだな、と思う。ないものねだりは甘えだ。だからこうやって自分を卑下するのも甘えなのだ。人間は他人にはなれない。未練たらしいことが問題なわけではない。大切なのは未練たらしい自分でどう生きていくのかなのだ。おれはタバコを探した。……カートンが入っていた包装紙は空だった。苦笑した。90箱もあったタバコがなくなってしまったのだ。吸った。吸ったねえ。

 ……タバコ、やめるか。缶ビールのラベルをマジマジと眺めながら思う。ついでにこいつもやめるか。けれど何かをやめるには何かが必要だった。生まれ変わるには儀式的なもの必要だった。何かないか、何かないか、と部屋を見回すと、ハイブリーチが目に入った。
「おまえも金髪にすれば」とハネくんは言った。
「やだよ」と言って首を振ったおれに、ハイブリいっぱいあるから持ってけよ、とハネくんは言ったのだった。
 おれは髪の毛を乾かした後、翻訳された説明書を読みながらその英国製のハイブリーチを頭に塗りたくっていった。サランラップを頭に巻いた後、ヒマだったので部屋の掃除をしていると、神戸から持ってきたショルダーバックの中からピアッサーが3個出てきた。義父のマンションに遊びにくる連中の中にニクソンというあだ名の万引き常習犯がいた。そいつが酒やタバコをタダで消費する代わりにこういう小物を置いていくのだった。つうか夜逃げ同然で東京に出てきたおれがどうしてこんなもんを持ってきたんだろう? 卒業アルバム、当座のシャツとパンツ、そしてピアッサー3個。自分のパッキング能力の低さに愕然とした。頭にサランラップを巻いたまま、1階に下りて洗面台の前に立った。バチン、と左耳にピアスをぶっ刺した。バチン。バチン。左耳に2つ。右耳に1つのピアスをした。
「何こいつ。超ダサいんですけど」と呟いた。自分の姿を見て笑う自分がおかしかった。頭にサランラップを巻きつけ、変な模造宝石のついたピアスを3個した男はとてつもなくダサいのだった。くっくっく。自分で自分をダサいと思えるのはとても知的だ、と思った。大したもんだ。たぶん自分なんて突き放して見れるくらいがちょうどいいのだ。
 ドラゴンボールを読みながら、このダサさは鶴仙人の帽子ばりだな、とか思いつつ時間を先に送り、ハイブリーチを洗い流した。髪は今までとは違う感触がした。潤いがないというか、綾香の持っていた人形の髪の質感というか。ともあれ、ハイ、おれ、生まれ変わった。これを期にタバコと酒をやめます。誓います。鏡の前で手をあげた。
「よかろう」と自分で言った。
にほんブログ村 スロットブログへ
つづき読みてえ、と思ったら押したって。   

♯57へGO!