人と人が出会うんだ。傷つくに決まってる。

永里蓮

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xyz♯53
第三章「永里蓮、絶望の淵で」


 田園都市線で帰るという山崎を見送った後、フラフラと歩いた。そのうちに自分が今どこにいるのかがわからなくなってしまった。1999年、9月、渋谷、道玄坂。それはわかる。けれど不安でしょうがなかった。自分が誰なのか。自分が何をすればいいか。何を目標に生きていけばいいかがわからないのだった。しょうがないのでパチ屋に入ってみた。打てそうな台はなかった。店の外に出てタバコを吸った。少し落ち着いた。携帯灰皿の中にタバコを押し込み歩き出す。見知らぬ人に声をかけてみる。
「すいません」
「……」
 無視された。
「あのお」
「……」
 無視された。……いたたたた。これ、むっさしんどい。無視という完全否定。けれど傷つくということは、自分の行動に期待をしているのだ。自分の選んだ台を打って負けることに一々傷つく人と同じだ。そうじゃない。期待値はそういうものじゃない。成功率100パーのギャンブルが打てるのは胴元かイカサマか神様しかいない。プレイヤーの取る行動のほとんどは報われない。そういうものなのだ。報われないことをリスク、報われることを奇跡と言う。リスクを了承できない人間は奇跡の出現を運に任す運命の奴隷だ。おれは祈らない。運に任さない。運命なんて信じない。

       Φ Φ Φ

 あのお、とか、すいません、という言葉がダメなのかな、と思って「ポイン」という意味不明のかけ声をかけてみた。
「はい?」と女は言った。
「ポインポイン」
「はい?」と言って女は笑った。
「今ヒマっすか?」
「あー、彼氏と待ち合わせしてんだよね。またね」
 ……うーん、うまくいかない。でもちょっと前進した気がする。というかそもそもその女性がヒマかどうかを見極める前に声をかけるのがダメなのかもしれない。声をかけられたい人、ヒマな人がいる場所ってどこだろう?
 ミナミのひっかけ橋が思い浮かぶ。そうか。あれはあれで合理的なんだな。ナンパしたい人、されたい人が集う場所というのは。
 ともあれ、渋谷の雑踏で声をかけ続けて8人目、ようやく足を止めて話を聞いてくれる人に出会った。たぶん確率論みたいなものだろう。街を歩く女性の5%がヒマをしているなら、20人に声をかけたら1人は話を聞いてくれるのだ。人体はシステマチックであり、感情もおそらくはシステムなのだ。確率そのものを上げるのか、あるいは試行回数を増やすのか。原理原則はスロットと変わらない。
 神戸ではありえないくらい短いスカートを穿いた女子高生だった。彼女が行きたいと言うのでカラオケに向かった。女はJudy and Maryの「くじら12号」を歌っている。おれはプラスチックのグラスで供されるジントニックを飲みながらタバコを吸っている。
「何歌うのー」女は言う。
 分厚い本をペラペラとめくりながら、カラオケなんていつ以来だっけ、と思った。
「お酒ちょうだい」と言って女はおれの手元にあったジントニックを飲んだ。「歌って歌って」
 しょうがないので19の「あの紙ヒコーキ くもり空わって」を歌うことにした。 
 海岸に寝転ぶ自分、振り返ると立っている氷野。タバコを吸ってタバコを吐く。タバコちょうだい、と寄ってくる氷野。歌いながら涙が出そうになるのを必死にこらえた。
 ……ダメだ。おれは歌うのをやめて、演奏停止ボタンを押しながら「むずいっす」と言った。
「えー、よかったのに」と言って女は口を尖らした。
 女は続いてヒステリックブルーの「春」を歌った。
 メロディとともに神戸で過ごした時間が再生される。自分の脳にこんな機能がついてたなんて知らなかった。高校生が歌う曲なんてたぶん日本全国変わらない。この曲もさっきのジュディマリも、ジャンカラで氷野が歌っていたのだ。「あの紙ヒコーキ」はタケが歌っていた。思い出を何かで上書きしたかった。けれど頭の中の映像は止まらない。
「歌わないの?」と女は言う。
「歌っていいよ」とおれは言う。 
 わかった、と言って女は椎名林檎の「ここでキスして」を歌った。その次はジュディマリの「クラシック」を歌った。おれは駄菓子みたいな味のするジントニックを飲みながらひたすらタバコを吸った。これはおれが受けるべき罰なのだ、と念じながら頭の中で流れる主演、演出「永里蓮」のプロモーションビデオを見つめ続けた。
 カラオケを出た後、女は言った。
「これからどうしよっか」
「今日は帰るわ」とおれは言った。
「わかった」と女は言い、おれたちは携帯番号とメールアドレスを交換して別れた。
 誰かおれを知ってる人に会いたかった。優希に電話してみた。出なかった。サンクチュアリで出会ったおばさんに電話してみた。出なかった。山崎に電話してみた。出なかった。出会うことは新たな傷をつくってるだけじゃないか? そんなことを考えながら今別れたばかりの女に電話をかけた。
「……お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度……」 
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