それ、ただ否定したいだけだろ? 却下。

永里蓮

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xyz♯24
第一章「永里蓮、スロットに出会う」


「氷野、話がある」暗闇の中でおれは言った。
「何?」
「おれには幼なじみがいたんだよ」
「何で東京弁やねん」
「ええと……」
「もうええわ。好きに話し」
「そいつ、綾香って言って、家族ぐるみで仲良くて、どこ行くにも一緒だったんだ」
「……うん」
「……」
「何で黙るん? その子は今どこおんの?」
「死んだ」
「……」
「てか、殺された。犯人は捕まってない。小4の終わりやった」
「……あんたが越してきたの小5やったやろ。その事件のせい?」
「わからん」
「なあ」氷野は言った。「正直に言っていい?」
「うん」
「うち、その子に嫉妬してるねんけど」
「……え?」
「ずるいやん」
「何が?」
「あんた、うちに一生の約束とか言ったくせに、その子はあんたの中にずっと形を変えずにおるやん」
「……」
「わかってるよ。わかってる。ずるいのは私のほうや。でも、それでも、ずるいわあって……ごめん」
「うん」
「蓮。あんな……」氷野は泣いていた。氷野の涙がおれの左腕に垂れた。「うち、時々あんたを食べてしまいたくなるねん。こんな気持ちってわかる? わからんやろな。ほら、あんたの話してたのに、気づいたら自分の話してる。わかってるねん。でも、気持ちが溢れて止まらへん」
 その瞬間、コメカミがズキンと痛んだ。
 ……見覚えのない映像が頭を通過した。
「蓮?」
「え、あ、ごめん」
「どしたん? 大丈夫?」
「急に頭が痛くなって。何やろ」
 氷野がおれの体をきつく抱きしめた。「なあ、蓮」
「ん?」
「結婚したら、うちも永里になるんやんな」
「おれヒノって音好きやから別姓でええんちゃう」
「え、それは予想外の反応やわ」
「何で?」
「男は差別するイキモンや、ビシッ、みたいにゆうてたから」
「いや、ビシッ、は言うてへん」
「効果音や」
「ビシッ」
「おい、何でお尻叩くんねん」くすぐったそうな声で氷野は言う。
「ビシッ、ビシッ」
「やめろやあ」
 どうしておれはこんな話の後にセックスをしようとしているのだろう? と思いながらも行為が止められなかった。
「アホ」と氷野は言った。

 祖母の家は小さな2階建てで、2階はおれが使っている6畳の洋間と、物置と化した4畳半。1階はキッチンと4畳半の祖母の寝室。昭和の残滓のような内装。義父が借りていたマンションとは比べるべくもなかった。
 ただセックスをし続けた1泊2日が終わり、氷野が帰り支度をしていると、1階で音がした。祖母が帰って来たのだろう。

「うち、挨拶したほうがええやんな」氷野が言った。
「ちょ待って、聞いてくるわ」
「いや、それはいやらしいやろ。お伺いを立てた後で挨拶するなんて。事後承諾的に家入らせてもらってんから、まず挨拶せな」
「わかった」
 ふたりして細く急な階段を下り、祖母の部屋のふすまを開けると、祖母はスーツ姿の男性と抱き合っているところだった。おれは黙ってふすまを閉めて、氷野に向かって首を振った。
「蓮、ノックくらいしろ」という罵声が聞こえた。
「あ、あの」ふすま越しに氷野が言う。
「何だい」と言って祖母がふすまから顔を出した。「あらあ」急に声色が変わり、祖母は笑顔で「彼女かい?」と言った。
「はい」氷野はうなずいた。「はじめまして。氷野アキと申します」
「あらあら。しっかりした子だねえ。どうも、蓮の祖母の怜です。蓮をよろしくね」
「はい」

 何だこの状況? と思いつつ、狭いリビングでお茶を飲みながら祖母と祖母の彼氏(のひとり)とおれと氷野の4人で談笑した後、神戸に戻る氷野を東京駅まで送っていくことにした。
「またいらっしゃい」と祖母が言い、「また来ます」と氷野は言った。知らんおっさんが笑みを浮かべて「さようなら」と言った。いや、おまえ誰やねん。
「じゃ、ちょっと行ってくる」と言って外に出た。
 曇ってはいたが、雨は降っていなかった。ぬめっとした空気に包まれながら、駅までの道を歩いた。

「挨拶できてよかった」氷野は言う。「でも、蓮のおばあちゃんめっちゃ若ない? ぱっと見うちのおかんと変わらん感じ」
「若いよなあ。わけわからん。おれが言うのも何やけど、不思議な人やわ」
「あっという間の2日やったなあ……」
「あ、氷野、新幹線代おれに負担させて」
「いや、押しかけて来たのはこっちやし、それは悪いわ」
「おれ先月からバイトはじめてん」
「バイト? 何の? 怪しい仕事ちゃうやろな」
「怪しいと言えば怪しいな」
「怪しいんや。怪しいのんは嫌やな。でも、ホンマにいいの?」と氷野は言った。

「うん」
「ほな甘えときます。ありがとう」

       Φ Φ Φ

 東京駅も東海道新幹線の改札も人でごった返していた。
「またね」氷野は上目遣いで言った。
「うん」
「蓮、あれは?」
「え?」
「あ、あ、あ」
「あ?」
「い、い、い」
「ああ。愛ね。愛」
「ちゃうやろ」氷野は口を尖らせる。「動詞を言えや。重要なのは名詞じゃなくて動詞やろ」
「やっぱ愛だよな、愛」
「蓮、約束」
「愛してる」
「……よし」そう言って、氷野は自衛官の敬礼みたいなポーズをとった。おれも氷野のポーズを真似した。
「さらばだ。三等兵」氷野は言った。
「だれが三等兵やねん」
 一度も振り返らずに氷野は視界から姿を消した。おれは踵を返し、今乗ってきた電車のホームに向かった。


 今、別れたばかりなのに、氷野に会いたかった。とても。

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       φ φ φ


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みんな不幸になっていく

  あの事件だってあんたが起こしたんだろ?  


XYZ 第二章「永里蓮、アンゴルモアの大王を追う」



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