愛する者の死がつらいのはイザナギイザナミの頃から変わってない。

永里蓮

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第一章「永里蓮、スロットに出会う」



7月3日(土)

 6時半に携帯が鳴った。
「今、東京着いてん」
 期末テストを控えているはずの氷野が「どうしても会いたくて来てしまいました」申し訳なさそうに言った。8時半に起きてパチ屋に行こうと思っていただけに、青天の霹靂だったが、しょうがない。祖母もいないことだし、家に来てもらうことにした。

 セックス後のタバコを氷野は口を尖らせて吸った。

「うち、東京の大学受けようかな」

「ええんちゃう」おれは氷野の口にあったタバコを引き継いで吸った。

「同棲しちゃう?」氷野が言う。

「同棲なんておまえのおかんが許してくれへんやろ」

「バレへんやろ」

「おまえ嘘嫌いなんちゃうかったっけ?」

「何でそんな意地悪なこと言うん。てか、蓮はどうすんの? 大学行かへんの?」

「行かねえ」

「何で?」

「そこに行かなければ手に入らないものが思いつかないから」

「何やそれ。そんなキザな話をしてるんちゃうけど」

「いや、費用対効果、現実的に」

「大学行かなまともな就職先もない、まともな交友関係も築かれへん。それも事実ちゃう」

「おれはもうそういうレールから外れちまったよ」

「東京弁やめろや」

「マジでさ」

 漠然と広がっていく未来が怖かった。たぶんお互いに怖かったのだ。だからこそ今ここにある、確実に存在する肉体を求め合うしかなかった。でもそれは自分の足を自分で食べるタコみたいなものだった。
 

「蓮」氷野はタバコに火をつけながら言う。

「あんた、義理のお父さんのこと、ホンマにギフさんって呼んでたん?」

「……呼んでたな」

「ないわー」

「そう?」

「いや、ないやろ、それは。ほんで今ふたりはどこおるん?」

「知らん」

「知らんって、あんた気にならへんの?」

「全然」

「何で?」

「おれ苦手やねん。家族とか」

「ほな何が好きなん?」

「……」

「ほら、言えやー」

「……なあ、氷野」

「ん?」

「おれなんかと付き合っててええの?」

「何でそんなこと言うん」

「いや、有望な物件ちゃうやろ」そう言っておれは自虐的に笑った。

「蓮」

「何?」

「好きやで」

「……」

「おい」と言って氷野は笑った。「あんた、4つの約束一個も守ってへんな。武士に二言はないんやろ」

「おれ武士ちゃうし」

「ほな何なん?」

「……」

 パチと言いかけてやめた。氷野にその話はしていないのだった。


 氷野を腕に抱きながら夢を見た。

「昨日の夜ね、お父さんがお母さんの上に乗ってたの。で、お父さんが声出すな、とかお母さんに言って、お母さんは無理よ、とか言ってるの。そんなのって見たことある?」

「何だそれ?」おれは綾香の言っていることがさっぱり理解できなかった。

「わかんない。でも、こわかった」

「ふーん。ケンカしてたんじゃない?」

「そうなのかな」

「そうだよ」

 次の瞬間、おれたちは小学生になっていた。綾香の服装からキラキラやフリルが減り、口調や顔付きも変化していた。

「ほら行くよ。遅刻しちゃうよ」綾香は言う。

「ちょっと待って」

 わざとゆっくりとスニーカーを履き、靴紐を締める。おれは女の子と一緒に登校なんかしたくなかった。同級生たちはからかいの材料を常に探している。おれはそんなもの提供したくないのだ。でも、そんなことを言うと母親にたしなめられる。母は怖かった。おれは母の言いなりだった。

「今度の遠足楽しみだね」

 綾香の問いかけに首を振る。「まったく」

「何で?」

「公園まで歩くだけだろ? どうでもいいよ」

「そういうの超冷めるんですけど」

「何だそれ」

「え、モモカちゃんの台詞」

「誰? モモカちゃんって」

「漫画だよ」

「知らねえよ」

「班一緒になれたらいーね」

「やだ」

 夢うつつで思う。おれが関西に慣れることができたのは、綾香がいたからなのかもしれない、と。

 毎日女の子と二人で登校することに対するリアクションに比べれば、言葉や習慣の違いなんて大した問題じゃなかった。陰口やらおれらをからかう落書きやら、そんな特別扱いには慣れていた。もちろん相応の洗礼は受けたけど、陰湿なものではなかった。というか、おれは理解していたのだ。人間は土台、差別的な生き物なのだ、と。

 綾香は言う。

「れんくんの夢って何?」

「夢?」

「うん。夢はないの?」

「あるよ」

「何?」

「おまえを殺したやつを殺すこと」

「何言ってんの?」

「綾香、おまえ、死んじまったんだぜ」

「何言ってんの? じゃあわたしは誰なの? れんくんなの? そういうの超冷めるんですけど」

「もうその漫画終わっちまったよ」

「ねえ」綾香が言う。「初めて誰かとキスしたときのことを覚えてる?」

「覚えてない」

「初めてのセックスは?」

「覚えてない」

「じゃあ何を覚えてるの?」
「おまえの笑顔」
「何それ」 

「氷野の太腿」

「何それ」

「XYZ」

――蓮?

 誰かがおれを呼んでいた。

「蓮」

「ん?」

「なあ、蓮」氷野が言う。

「え?」

「大丈夫?」

「何が?」

「あんた、汗すごいで」


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